「このコーヒーは85点です」
カフェの店員さんからそう説明された時、その一言の裏にある、科学と情熱の物語を想像したことはありますか?スペシャルティコーヒーの評価は、単なる感覚的な「おいしい」という言葉ではなく、世界中のプロが共通言語として用いる厳格な品質基準に基づいています。
この記事では、コーヒーの品質を客観的に測る世界基準「SCAカッピング」の評価項目を、Zatsulaboならではの図解を交えた科学的アプローチで徹底的に解剖します。さらに、日本のメディアではまだほとんど語られていない、海外で注目される次世代の評価基準「CVA」の全貌までを網羅。
読み終える頃には、あなたのコーヒーを選ぶ目、そして自宅で味わう舌は、プロのレベルに一段近づいているはずです。自分だけの「最高の一杯」を見つけるための、知的な探求を始めましょう。
そもそもスペシャルティコーヒーとは?3つの定義でわかる本質的な違い
スペシャルティコーヒーという言葉は、単なるマーケティング用語や「ちょっと高級なコーヒー」を指す曖昧な表現ではありません。それは、厳格なプロセスと哲学に裏打ちされた、品質認証の証です。
その本質を理解するために、まずは市場に流通する大半のコーヒー、通称「コモディティコーヒー」との決定的な違いから見ていきましょう。コモディティ(日用品)コーヒーは、品質よりも量が重視されがちで、価格は商品先物市場によって日々変動します。
これに対し、スペシャルティコーヒーは全く異なるカテゴリーに属します。以下の図は、両者の違いと日本市場におけるスペシャルティコーヒーの位置づけをまとめたものです。
| スペシャルティ | コモディティ | |
|---|---|---|
| 評価方式 | 加点方式(個性を探す) | 減点方式(欠点を除く) |
| 価格決定 | 品質・ストーリー | 商品先物市場 |
| 追跡可能性 | 明確(農園単位) | 不明瞭(国単位など) |
| 風味 | 複雑でユニーク | 標準的・均一的 |
この図が示すように、スペシャルティコーヒーは日本国内での流通量がまだ少なく、その希少性も価値の一つとなっています。しかし、最も重要な違いは、その背景にある「From Seed to Cup(種子からカップまで)」という哲学です。
これは、コーヒーの種子が植えられ、栽培、収穫、生産処理、輸送、焙煎、そして最終的にカップに注がれるまでの全ての工程が一貫して厳格に管理されていなければ、最高の品質は実現できないという考え方です。この哲学は、以下の3つの柱によって支えられています。
- 1. 卓越した風味 (Exceptional Flavor)
最終的なゴールは、消費者がカップの中で体験する「素晴らしい風味」です。これは後述する「カッピング」という専門的な官能評価によって客観的に審査され、100点満点中80点以上のスコアを獲得したものだけが認定されます。 - 2. 追跡可能性 (Traceability)
そのコーヒーが「いつ、どこで、誰によって」作られたかを明確に追跡できる状態を指します。生産国だけでなく、特定の農園名、生産者名、豆の品種といった詳細な情報が記載され、品質の透明性を担保しています。 - 3. 持続可能性 (Sustainability)
品質に見合った適正な価格で取引されることで、生産者の生活を安定させ、彼らが品質向上や環境保全に再投資することを可能にします。
つまり、スペシャルティコーヒーとは単なる「美味しい豆」という製品そのものではなく、品質管理、透明性、そして倫理的な配慮が一体となった包括的な「システム」の成果物なのです。
コーヒーの成績表!SCAカッピング評価の10項目を徹底解剖
では、スペシャルティコーヒーの「80点以上」というスコアは、具体的にどのようにして決まるのでしょうか。その鍵を握るのが、世界中のプロが共通の物差しとして用いる官能評価手法「カッピング」です。
カッピングの評価哲学で特筆すべきは、その「加点方式」にあります。欠点豆の数などで減点していくコモディティコーヒーの格付けとは対照的に、スペシャルティコーヒーの評価では、フルーティーさやフローラルな香り、複雑性といったポジティブな個性を積極的に探し出し、点数を加算していきます。
ここでは、世界で最も広く用いられている米国スペシャルティコーヒー協会(SCA)の評価シートに基づき、評価の核心となる10の項目を見ていきましょう。
これらの項目は、大きく5つのグループに分けて考えることができます。それぞれの役割を見ていきましょう。
コーヒーの第一印象です。Fragrance(フレグランス)は挽いた直後の乾いた粉の香り、Aroma(アロマ)はお湯を注いだ後や、表面の層を崩す(ブレイクする)瞬間に立ち上る香りを指します。
Flavorは、口の中で感じる味覚と、鼻に抜ける香りが統合された、風味全体の印象。Aftertasteは、飲み込んだ後に残る風味の質と長さ(余韻)。
Acidityは不快な「酸っぱさ」とは異なり活気を与える良質な酸のこと。Sweetnessは豆固有の甘みの感覚で、輪郭を丸くします。
Bodyは液体の質感・重さの評価です。
Balanceは要素間の調和、Clean Cupは不快な風味の無さ、Overallは総合的な印象です。
スコアの算出方法と点数が示す品質レベル
(基準未満)
(スペシャルティ)
(トップスペシャルティ)
(最高峰)
一般的に、スコアは以下のように解釈されます。
- 80-84.99点 (Very Good): クリーンで優れた風味の高品質なスペシャルティ。
- 85-89.99点 (Excellent): 際立つ個性と複雑性。品評会レベル。
- 90点以上 (Outstanding): 非常に希少で感動的な最高峰。
自宅で挑戦!プロの評価方法「カッピング」簡易マニュアル
専門的な評価基準を学んだら、家庭で簡単に体験してみましょう。厳密な採点ではなく、味覚を鍛え個性を掴むトレーニングです。
準備するもの(専門器具は不要)
- 同じサイズの耐熱グラスやマグカップ(2~3個)
- スプーン(スープスプーン推奨)
- ケトル、グラインダー(豆から挽く場合)
- 比較用の豆(産地や精製方法が異なる組合せ)
- タイマー、筆記用具
【運営者の実践メモ】
産地が全く異なる2種類で始めると違いが明確です。例:エチオピア(ナチュラル・浅煎り)とコロンビア(ウォッシュト・中煎り)。
4ステップで体験するカッピングの手順
評価のポイント: 温度変化で変わる味を感じよう
- 高温(~70℃):焙煎由来の甘さ・香ばしさ
- 中温(40–50℃):酸味やフルーティーさが最も明確
- 低温(25–30℃):甘みと後味のクリーンさが際立つ
【未来の基準】スコア至上主義からの脱却。SCAの新評価システム「CVA」とは?
SCAが2000年代初頭に確立した仕組みは業界の共通言語となりましたが、近年は従来法では捉えきれない価値が増えています。そこで次世代のCoffee Value Assessment(CVA)が登場しました。
なぜ新基準が?従来のスコアリングが抱えていた課題
- 単一スコアへの過度な依存
- 客観性と主観性の混同
- 「物語」の評価不足
コーヒーの「価値」を多角的に評価するCVA
| 比較項目 | 従来のカッピング (Version 1.0) | 次世代のCVA (Version 2.0) |
|---|---|---|
| 目的 | 品質を数値化し区別 | あらゆる「価値」を多角的に評価し発見を支援 |
| 評価範囲 | 感覚属性が中心 | 4つの独立軸(物理・記述・情緒・付帯) |
| スコアへの依存度 | 非常に高い | 低い(情緒的評価の一部) |
| 客観性 vs 主観性 | 混在 | 明確に分離 |
| 物語(背景)の扱い | 評価対象外 | 正式な評価対象 |
これからのコーヒー選び「生産者の物語」も価値になる時代へ
今後は単一スコアではなく、多次元の価値プロファイルで評価されます。倫理観や関心に基づく選択が可能になります。
味わいを言葉にする技術 フレーバーホイール活用入門
感じた味わいを「共通言語」に落とし込むための強力なツールが、SCAのフレーバーホイールです。
なぜ「オレンジのような」と表現するのか?
フレーバー表記は原材料ではなく、風味の比喩であり共通言語です。
フレーバーホイールの見方と使い方
出典: Specialty Coffee Association (SCA)
ホイールは中心から外側に向かって、風味がより具体化します。次の順で絞り込みましょう。
- ① 中心からスタート 最も近い大カテゴリー(例:Fruity)を選ぶ。
- ② 中間層へ サブカテゴリー(例:Citrus Fruit)に進む。
- ③ 外周へ 具体語(例:Orange / Lemon)を選ぶ。
自分の感じた味を表現するためのトレーニング方法
- 同時比較:異なる2種類を並べて飲む。
- 一変数比較:生産処理だけ違う等、1要素のみ変更。
- プロに聞く:バリスタに表現の根拠を尋ねる。
まとめ コーヒー基準の理解は、最高の一杯への近道
- スペシャルティは卓越した風味・透明性・持続可能性の三本柱による品質システム。
- SCAの10項目で「美味しさ」を客観的に分解し共有。
- 次世代のCVAはスコア至上主義を超え、物語や背景も含めた多面的評価へ。
次に飲む一杯で、簡易カッピングとフレーバーホイールを試してみてください。体験が、知的で刺激的な時間に変わります。


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