スペシャルティコーヒーの基準とは?SCAJの定義・80点スコア・From Seed to Cupまで徹底解説

「このコーヒーは85点です」

カフェの店員さんからそう説明された時、その一言の裏にある、科学と情熱の物語を想像したことはありますか?スペシャルティコーヒーの評価は、単なる感覚的な「おいしい」という言葉ではなく、世界中のプロが共通言語として用いる厳格な品質基準に基づいています。

この記事では、コーヒーの品質を客観的に測る世界基準「SCAカッピング」の評価項目を、家淹れ珈琲研究所ならではの図解を交えた科学的アプローチで徹底的に解剖します。さらに、日本のメディアではまだほとんど語られていない、海外で注目される次世代の評価基準「CVA」の全貌までを網羅。

読み終える頃には、あなたのコーヒーを選ぶ目、そして自宅で味わう舌は、プロのレベルに一段近づいているはずです。自分だけの「最高の一杯」を見つけるための、知的な探求を始めましょう。

編集方針: 本記事は一次情報(SCAJ市場調査報告書、SCA/CVA資料)を参照し、運営者の実践検証を交えて整理しています。

  • スペシャルティは卓越した風味・透明性・持続可能性の三本柱による品質システム。
  • SCAの10項目で「美味しさ」を客観的に分解し共有。
  • 次世代のCVAは単一スコア依存を超え、背景や物語を含む多面的評価へ。
目次

そもそもスペシャルティコーヒーとは?3つの定義でわかる本質的な違い

スペシャルティコーヒーという言葉は、単なるマーケティング用語や「ちょっと高級なコーヒー」を指す曖昧な表現ではありません。それは、厳格なプロセスと哲学に裏打ちされた、品質認証の証です。

その本質を理解するために、まずは市場に流通する大半のコーヒー、通称「コモディティコーヒー」との決定的な違いから見ていきましょう。コモディティ(日用品)コーヒーは、品質よりも量が重視されがちで、価格は商品先物市場によって日々変動します。

これに対し、スペシャルティコーヒーは全く異なるカテゴリーに属します。以下の図は、両者の違いと日本市場におけるスペシャルティコーヒーの位置づけをまとめたものです。

スペシャルティコーヒーの立ち位置
スペシャルティとコモディティの主要な違い
スペシャルティ コモディティ
評価方式 加点方式(個性を探す) 減点方式(欠点を除く)
価格決定 品質・ストーリー 商品先物市場
追跡可能性 明確(農園単位) 不明瞭(国単位など)
風味 複雑でユニーク 標準的・均一的
日本国内での流通量
出典: 日本スペシャルティコーヒー協会 SCAJ 市場調査2024 要約PDF(アクセス日 2025-10-26)

方法: 2024年公開のSCAJ市場調査報告書の一次インタビュー調査データに基づき、国内取扱量に占めるスペシャルティ比率を円グラフで可視化。

  • 対象期間: 2024年
  • 出典: SCAJ 市場調査2024 要約PDF(アクセス日 2025-10-26)
  • 反証探索: 他統計との整合性を確認(ダブルカウント排除の説明に留意)

この図が示すように、スペシャルティコーヒーは日本国内での流通量がまだ少なく、その希少性も価値の一つとなっています。しかし、最も重要な違いは、その背景にある「From Seed to Cup(種子からカップまで)」という哲学です。

これは、コーヒーの種子が植えられ、栽培、収穫、生産処理、輸送、焙煎、そして最終的にカップに注がれるまでの全ての工程が一貫して厳格に管理されていなければ、最高の品質は実現できないという考え方です。この哲学は、以下の3つの柱によって支えられています。

  • 1. 卓越した風味 (Exceptional Flavor)
    最終的なゴールは、消費者がカップの中で体験する「素晴らしい風味」です。これは後述する「カッピング」という専門的な官能評価によって客観的に審査され、100点満点中80点以上のスコアを獲得したものだけが認定されます。
  • 2. 追跡可能性 (Traceability)
    そのコーヒーが「いつ、どこで、誰によって」作られたかを明確に追跡できる状態を指します。生産国だけでなく、特定の農園名、生産者名、豆の品種といった詳細な情報が記載され、品質の透明性を担保しています。
  • 3. 持続可能性 (Sustainability)
    品質に見合った適正な価格で取引されることで、生産者の生活を安定させ、彼らが品質向上や環境保全に再投資することを可能にします。

つまり、スペシャルティコーヒーとは単なる「美味しい豆」という製品そのものではなく、品質管理、透明性、そして倫理的な配慮が一体となった包括的な「システム」の成果物なのです。

フレーバー評価のスコアだけでなく、健康面の設計を重視したい方は、「グリーンコーヒー」を応用したSLOW GREEN COFFEEのようなアプローチもあります(詳しくはレビュー記事へ)。

コーヒーの成績表 SCAカッピング評価の10項目を徹底解剖

では、スペシャルティコーヒーの「80点以上」というスコアは、具体的にどのようにして決まるのでしょうか。その鍵を握るのが、世界中のプロが共通の物差しとして用いる官能評価手法「カッピング」です。

カッピングの評価哲学で特筆すべきは、その「加点方式」にあります。欠点豆の数などで減点していくコモディティコーヒーの格付けとは対照的に、スペシャルティコーヒーの評価では、フルーティーさやフローラルな香り、複雑性といったポジティブな個性を積極的に探し出し、点数を加算していきます。

ここでは、世界で最も広く用いられている米国スペシャルティコーヒー協会(SCA)の評価シートに基づき、評価の核心となる10の項目を見ていきましょう。

SCAカッピング 10の評価項目
Fragrance/Aroma
挽いた粉と湯を注いだ後の香り
Flavor
風味全体の第一印象
Aftertaste
飲み込んだ後の後味の質と長さ
Acidity
酸の「質」。不快な酸っぱさではない
Sweetness
甘さの質と感覚
Body
口に含んだ時の液体の重さ・質感
Balance
全ての要素の調和
Clean Cup
不快な風味がない透明感
Overall
全体の総合的な評価
Uniformity
全カップの風味の均一性

これらの項目は、大きく5つのグループに分けて考えることができます。それぞれの役割を見ていきましょう。

1. 香りを評価する(Fragrance / Aroma)

コーヒーの第一印象です。Fragrance(フレグランス)は挽いた直後の乾いた粉の香り、Aroma(アロマ)はお湯を注いだ後や、表面の層を崩す(ブレイクする)瞬間に立ち上る香りを指します。

2. 味と風味の核心(Flavor, Aftertaste)

Flavorは、口の中で感じる味覚と、鼻に抜ける香りが統合された、風味全体の印象。Aftertasteは、飲み込んだ後に残る風味の質と長さ(余韻)。

3. 酸味と甘みの「質」(Acidity, Sweetness)

Acidityは不快な「酸っぱさ」とは異なり活気を与える良質な酸のこと。Sweetnessは豆固有の甘みの感覚で、輪郭を丸くします。

4. 口当たりの重要性(Body / Mouthfeel)

Bodyは液体の質感・重さの評価です。

5. 全体の調和と印象(Balance, Clean Cup, Overall)

Balanceは要素間の調和、Clean Cupは不快な風味の無さ、Overallは総合的な印象です。

スコアの算出方法と点数が示す品質レベル

スペシャルティコーヒーの品質レベル
Below
Good
Excellent
Outstanding
80点未満
Below Specialty
(基準未満)
80-84.99 点
Very Good
(スペシャルティ)
85-89.99 点
Excellent
(トップスペシャルティ)
90+ 点
Outstanding
(最高峰)

一般的に、スコアは以下のように解釈されます。

  • 80-84.99点 (Very Good): クリーンで優れた風味の高品質なスペシャルティ。
  • 85-89.99点 (Excellent): 際立つ個性と複雑性。品評会レベル。
  • 90点以上 (Outstanding): 非常に希少で感動的な最高峰。

自宅で挑戦 プロの評価方法「カッピング」簡易マニュアル

専門的な評価基準を学んだら、家庭で簡単に体験してみましょう。厳密な採点ではなく、味覚を鍛え個性を掴むトレーニングです。

準備するもの(専門器具は不要)

  • 同じサイズの耐熱グラスやマグカップ(2~3個)
  • スプーン(スープスプーン推奨)
  • ケトルグラインダー(豆から挽く場合)
  • 比較用の豆(産地や精製方法が異なる組合せ)
  • タイマー、筆記用具

【運営者の実践メモ】

産地が全く異なる2種類で始めると違いが明確です。例: エチオピア(ナチュラル・浅煎り)コロンビア(ウォッシュト・中煎り)

4ステップで体験するカッピングの手順

おうちでカッピング 4つのステップ
1
Grind & Fragrance
各カップに同量(例10g)の粉。乾いた粉の香りを確認しメモ。
コツ: ドリップより少し粗めに。
2
Pour & Aroma
タイマー開始。沸騰直後の湯を同量(例180ml)勢いよく注ぎ、立ち上る香りを嗅ぐ。
コツ: 撹拌されるように注ぎ切る。
3
Break & Aroma
4分で表面のクラストをスプーンで崩し、閉じ込められた香りを嗅ぐ。
コツ: スプーンの背で手前から奥へ3回。
4
Skim & Taste
表面のアクを除去。10分後~啜って味を見る。
コツ: 勢いよく啜って霧化させる。

評価のポイント 温度変化で変わる味を感じよう

  • 高温(~70℃): 焙煎由来の甘さ・香ばしさ
  • 中温(40–50℃): 酸味やフルーティーさが最も明確
  • 低温(25–30℃): 甘みと後味のクリーンさが際立つ

【未来の基準】スコア至上主義からの脱却 SCAの新評価システム「CVA」とは?

SCAが2000年代初頭に確立した仕組みは業界の共通言語となりましたが、近年は従来法では捉えきれない価値が増えています。そこで次世代のCoffee Value Assessment(CVA)が登場しました。

なぜ新基準が?従来のスコアリングが抱えていた課題

従来のカッピングは業界の共通言語として大きな役割を果たしてきましたが、近年の多様なコーヒーを評価するには、いくつか限界も見えてきました。

  • 単一スコアへの過度な依存
    80点、85点といった「一つの数字」に集約されるため、繊細な個性や好みの違いが見えにくくなっていました。
  • 客観性と主観性の混同
    「欠点の有無」と「好きかどうか」が同じシート上で扱われることで、評価者ごとの好みがスコアに紛れ込みやすい構造でした。
  • 「物語」の評価不足
    持続可能性への取り組みや、生産者のチャレンジといった背景は、スコアには反映されにくく、記録にも残りづらい状況でした。

CVAはこうした課題を前提に、「数値」だけでなく、文脈や物語も含めて価値を記録するための枠組みとして設計されています。

コーヒーの「価値」を多角的に評価するCVA

評価基準の進化(SCAカッピング vs CVA)

比較項目従来のカッピング (Version 1.0)次世代のCVA (Version 2.0)
目的品質を数値化し区別あらゆる「価値」を多角的に評価し発見を支援
評価範囲感覚属性が中心4つの独立軸(物理・記述・情緒・付帯)
スコアへの依存度非常に高い低い(情緒的評価の一部)
客観性 vs 主観性混在明確に分離
物語(背景)の扱い評価対象外正式な評価対象

参考資料: SCA Coffee Value Assessment プロジェクト(アクセス日 2025-10-26) / CVAアップデート記事(アクセス日 2025-10-26)

これからのコーヒー選び「生産者の物語」も価値になる時代へ

CVAの特徴は、「点数が高いかどうか」だけでなく、そのコーヒーが生まれた背景まで評価のテーブルに乗せようとしている点にあります。

  • どんな環境で、どんな人が作っているのか
    品質向上のための投資や、環境配慮、労働条件の改善なども、価値の一部として記録されます。
  • どんな意図でその味わいを目指したのか
    プロセスや品種選択、焙煎設計に込められた狙いが、単なる「点数」以上の情報として残ります。
  • 飲み手が何を大事にして選ぶのか
    「とにかくユニークな風味が好き」「環境負荷の小ささを重視したい」など、価値観に合わせた選び方がしやすくなります。

これからのスペシャルティは、味だけでなく「どんな物語に共感して選ぶか」という楽しみ方が、より自然なものになっていきそうです。

味わいを言葉にする技術 フレーバーホイール活用入門

感じた味わいを「共通言語」に落とし込むための強力なツールが、SCAのフレーバーホイールです。

なぜ「オレンジのような」と表現するのか?

スペシャルティコーヒーで使われる「オレンジのような」「チョコレートのような」といったフレーバー表記は、原材料を示しているわけではなく、感じた風味を共有するための比喩です。同じ豆を飲んだ人どうしが、できるだけ近いイメージで会話できるようにするための「共通言語」と考えるとイメージしやすくなります。

  • 風味の方向性を素早く伝えられる
    「オレンジのような」と聞けば、レモンよりまろやかで、グレープフルーツより丸い柑橘のイメージがすぐに共有できます。
  • 産地や精製の違いを説明しやすい
    「同じエチオピアでも、このロットはベリー系」「こちらはシトラス系」といった比較がしやすくなります。
  • ロースターの狙いを言語化できる
    焙煎や抽出でどんな個性を引き出したかったのかを、短い言葉でメモして残せます。

大切なのは、こうしたフレーバー表記を「香料が入っている合図」ではなく、焙煎士やカッパーが感じた印象のスナップショットとして受け取ることです。後述のフレーバーホイールは、その「比喩の言語」を体系的に整理した地図のような存在と言えます。

フレーバーホイールの見方と使い方

フレーバーホイールの使い方 3ステップ

ホイールは中心から外側に向かって、風味がより具体化します。次の順で絞り込みましょう。

  1. ① 中心からスタート 最も近い大カテゴリー(例: Fruity)を選ぶ。
  2. ② 中間層へ サブカテゴリー(例: Citrus Fruit)に進む。
  3. ③ 外周へ 具体語(例: Orange / Lemon)を選ぶ。
ポイント: 正解探しではなく、感じた印象の言語化ツールです。

自分の感じた味を表現するためのトレーニング方法

フレーバーホイールは眺めるだけでは身につきません。日常の一杯で、少しずつ「感じたことを言葉にする練習」をしていくのが近道です。

  • 同時比較
    2種類の豆を同じ条件で淹れて飲み比べます。「どちらが明るいか」「どちらが甘く感じるか」だけでもメモしてみましょう。
  • 一変数比較
    生産処理だけ違う、焙煎度だけ違うなど、条件を1つだけ変えたペアで比べると、違いの原因がつかみやすくなります。
  • プロに聞く
    カフェで「なぜこの豆はベリー系と書いているんですか?」と聞いてみると、プロがどのポイントを見ているのかが具体的にわかります。

最初から正確な表現を目指す必要はありません。ホイールを片手に「自分なりの言葉」を書き留めていくこと自体が、味覚のトレーニングになります。

まとめ コーヒー基準の理解は、最高の一杯への近道

  • パッケージのスコアとフレーバーノートの意味が、自分なりに読み解けるようになる。
  • お店やサブスクで、「なぜそれを選ぶのか」を説明できる基準を持てる。
  • 気に入った豆について、自分の言葉でメモを残し、次の一杯選びに活かせるようになる。

次に飲む一杯で、簡易カッピングとフレーバーホイールを少しだけ意識してみてください。「なんとなくおいしい」から一歩進んで、その理由まで味わえるようになります。ホイールを試してみてください。体験が、知的で刺激的な時間に変わります。

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