家淹れ珈琲研究所の記事をご覧いただき、ありがとうございます。当ラボが、2025年時点のコーヒーまわりの状況を整理し、家での一杯を今より少しおいしくするためのヒントをまとめました。
かつて、美味しいコーヒーを淹れることは「職人の勘」に大きく頼っていました。しかし今は、状況が少し変わっています。遺伝子レベルでの品種解析、微生物学を応用した精製、物理化学に基づく抽出理論。こうした知見が積み重なり、一杯のコーヒーの裏側をかなり細かいところまで説明できるようになってきました。
この記事では、用語の説明だけでなく、「結局どう選べばいいのか」という実際の判断軸まで踏み込んで整理します。豆の価格が上がる理由を押さえながら、自宅でその良さをきちんと引き出すための「どこにお金をかけるかガイド」として使っていただければと思います。
家庭で再現できる最高の一杯を、どこから整えていくかについては、当ラボの総合ガイド『コーヒー抽出の科学と理論|自宅でプロの味を再現する完全ガイド』もあわせてご覧ください。

2025年のコーヒー市場環境と価値の考え方
2025年の日本のスペシャルティコーヒー市場を見ていると、価格と情報の面で「二極化」が進んでいるように感じます。
- 価格の二極化
円安と生産コストの上昇により、100グラム数千円の豆と、日常的な価格帯の豆との差が広がっています。 - 情報の二極化
「なんとなく選ぶ」層と、「品種やプロセスなどの情報」を手がかりに選ぶ層の間で、情報量の差が大きくなっています。
例えば、同じコロンビア産のコーヒーでも、100グラム5,000円を超えるものと、1,500円前後で購入できるものが同じ棚に並んでいることがあります。この価格差の中身は、単なる「ブランド料」だけではありません。
背景には、品種の希少性(Genetics)や、手間とリスクを伴う精製プロセス(Processing)など、実際にコストにつながる要素がいくつも重なっています。こうした構造を少し知っておくと、「特別な体験」として高価な豆を少量楽しむのか、「日常の一杯」を底上げするために適正価格の豆を選ぶのか、自分なりの優先順位を決めやすくなります。
なお、「豆そのものの風味」だけでなく「ポリフェノールや低カフェイン設計」といった機能性で付加価値を付ける例としては、当ラボで検証した「SLOW GREEN COFFEEレビュー」があります。

品種の科学 ピンクブルボンの正体
近年、日本のロースターの棚でよく見かけるようになり、その華やかな風味で人気が高まっている「ピンクブルボン」。名前から、「赤い実のブルボンと、黄色い実のブルボンの交配種なのだろう」と考えられてきました。
しかし、World Coffee Research などによる最新の遺伝子解析の結果、この通説は見直されつつあります。いまの豆選びにおいて、知っておくと役立つポイントのひとつです。
そもそもスペシャルティコーヒーの基準やスコアについては、『スペシャルティコーヒーの基準とは?SCAJの定義・80点スコア』で整理しています。

遺伝子解析で見えてきた背景
調査の結果、市場に流通しているピンクブルボンの多くが、ブルボン系統とは遺伝的に距離があることが分かってきました。むしろ、コーヒーの起源地であるエチオピア由来の在来種(Landrace)に近い遺伝的特徴を持っている、という報告が増えています。
なぜコロンビアで栽培されている豆が、エチオピア系の遺伝子に近いのか。その経緯は複雑ですが、「紅茶のようなフローラル感がなぜ出るのか」という味の理由を説明するうえでは、大きな手がかりになります。
(ブルボン系)
※交配種とみなすのは難しい可能性が高い
(エチオピア系)
※紅茶やフローラルなニュアンスの源泉として理解しやすい
ピンクブルボンの紅茶のような風味は、ブルボンの色違いではなく、
エチオピア系の遺伝的な特徴と結びつけて考えると分かりやすくなります。
価格帯ごとの「狙い」の違いを見る
こうした背景を知ると、同じ「ピンクブルボン」という名前でも、ロースターごとに価格帯がかなり違う理由が見えてきます。ここでは、日本国内で当ラボが実際に購入して飲み比べたときの印象をもとに、ざっくりとしたイメージを共有します。
- ラグジュアリー層(例:Glitch Coffee など / 100g 4,000〜5,000円台)ここでは、品種だけでなく、後述するサーマルショックなど「発酵とその後の処理」を組み合わせることで、香りの個性を強く打ち出したロットが多く扱われています。「一度は体験してみたい特別な一杯」という位置づけに近いです。
- スタンダード層(例:Philocoffea など / 100g 2,000円台)こちらは、Washed(水洗式)などの伝統的な精製が中心で、ピンクブルボンそのものの素直な華やかさを味わえることが多いゾーンです。毎日でも飲みやすい、きれいな紅茶系フレーバーを狙ったローストが多い印象です。
ラベルの品種名だけで判断するのではなく、「どの価格帯で」「どんなプロセスが組み合わされているのか」を合わせて見ると、自分が求めている方向性に近い豆を選びやすくなります。
派手な香りの変化そのものを楽しみたいなら前者を、「毎日飲める上品な紅茶のようなコーヒー」を求めるなら後者を選ぶ、といった具合に考えると、選択が少し楽になるはずです。
各国の在来種や精製プロセスの全体像は『なぜコーヒーの味は変わる?精製方法の全知識』も一緒に読むとイメージしやすいと思います。

プロセスの変化 サーマルショックとは何か
最近のコーヒーメニューで「Thermal Shock(サーマルショック)」という表記を見かけたら、「かなりフルーティーなカップかもしれない」とイメージしてもらうと分かりやすいです。
少し前までは、「アナエロビック(嫌気性発酵)」という言葉がよく話題になっていました。現在の最前線は、その後段階である「発酵後にどう処理するか」という部分にも広がっています。コロンビアのエル・パライソ農園の取り組みなどをきっかけに、日本国内でも Glitch Coffee や Mel Coffee Roasters といったロースターが採用し、名前を見かける機会が増えてきました。
サーマルショックは、単なるキャッチコピーではなく、「温めたあとに冷やす」という温度差を利用して香りを残しやすくするプロセスです。ざっくり言えば、物理的なアプローチで「香りを逃がしにくくする工夫」だと思ってもらえると近いです。
発酵タンク内の酸素をコントロールする『嫌気性発酵』自体の仕組みは、『【コーヒー科学】嫌気性発酵(アナエロビック)とは?』で詳しく解説しています。

温度差を使ったシンプルな仕組み
では、どうしてサーマルショックを経た豆は、フルーツジュースのような強い香りを出しやすくなるのでしょうか。ポイントは、発酵後の豆を「温水→冷水」と段階的に処理することで、豆の細胞の膨張と収縮をコントロールしているところにあります。
発酵後の豆を温かい水で洗うことで、豆の細胞のすき間が広がりやすくなります。発酵液に含まれる芳香成分や糖分が、豆の内部に入りやすい状態です。
すぐに冷水で一気に冷やすことで、広がっていた細胞のすき間がキュッと閉じます。さきほど内部に入り込んだ香り成分が、そのまま中にとどまりやすくなります。
結果として、乾燥中に抜けてしまいがちなフルーツ系の香りを、豆の中に残しやすくなる、というのが大まかなイメージです。
このプロセスによって、「ライチ」や「桃」のような繊細で揮発しやすい香りが、従来よりもカップの中に残りやすくなります。飲んだときに感じる強いフルーツ感は、何かを加えたものではなく、もともとコーヒーが持っている香りを、温度制御によって逃がしにくくした結果と考えられます。
ワイン由来のアプローチであるカーボニックマセレーションについては『カーボニックマセレーションとは?』で、発酵条件と味の出方をまとめています。

インフューズド(副原料を加える手法)とのちがい
ここで少しだけ、知っておくと安心なポイントを整理しておきます。それは、「プロセスの結果として出ている香り」なのか、「発酵時に何かを加えているのか」という違いです。
市場には、発酵タンクにフルーツやスパイスを加える「インフューズド(Infused)」や「コ・ファーメント(Co-ferment)」と呼ばれる手法もあります。
- Thermal Shock: 発酵後の処理で、豆本来のポテンシャルや発酵で生まれた香りを残しやすくしたもの。
- Infused / Co-ferment: 桃やシナモンなど、副原料を一緒に入れて香りを移したもの。
どちらが「正しい」という話ではなく、狙っている体験がそもそも違います。インフューズドは、コーヒーという枠を少し越えて、新しい飲み物として楽しむような立ち位置に近いかもしれません。
ラベルに「Peach Co-ferment」などの表記があれば、桃などを一緒に発酵させているという意味であることが多いです。一方で「Thermal Shock」とだけ書かれている場合は、発酵後の温度処理によって香りを残しやすくしたプロセスを指しているケースがほとんどです。
こうした違いに慣れてくると、「どういう方法で作られた豆なのか」を自分の中で整理しながら選べるようになり、同じ金額でも納得感のある買い物がしやすくなります。
副原料を加える『インフューズド』や『コ・ファーメント』の位置づけは『インフューズドコーヒー完全ガイド』を読むと整理しやすいです。

日本の水攻略 マグネシウム・ハック
「有名店の豆を買ったのに、家で淹れると味がぼんやりしてしまう」「酸っぱいだけで、甘さが出てこない」。そんな経験がある方は少なくないと思います。
抽出のテクニックを見直す前に、「そもそも使っている水はどうか?」も一度チェックしてみる価値があります。日本の水道水は世界的に見てもかなり軟水で、これがスペシャルティコーヒー、とくに浅煎りの抽出では「マグネシウム不足」につながりやすい要因のひとつになっています。
なぜマグネシウムが重要なのか
コーヒーの成分は、お湯に自然に「溶ける」というよりも、水中のミネラルイオンによって「引っ張り出される」イメージに近いです。その中でも、とくにフレーバーの抽出に効いてくるのがマグネシウム(Mg)です。
- マグネシウム(Mg²⁺): フルーティーな酸味や甘さの成分と結びつきやすく、味に立体感を出しやすい。
- カルシウム(Ca²⁺): ボディ感や重さを補う方向に働きますが、抽出効率そのものは Mg ほどではないと言われます。
- アルカリ度(HCO₃⁻): 酸の当たりを和らげるクッション役。多すぎると味をぼやけさせることもあります。
日本の一般的な水道水(硬度30〜50ppm)は、これらのミネラルが全体的に少ないため、豆のポテンシャルを引き出しきれず、平坦な味になりやすい傾向があります。
水道水
(理想イメージ)
日本の水は、安全性や飲みやすさの面ではとても優秀ですが、抽出という観点だけで見ると、少し控えめな位置にあります。そこで、意図的にミネラルを足して、右上の「味が立ちやすいゾーン」に近づける、という考え方が出てきます。
ミネラル設計をもう一歩突っ込んで試したい方は、『コーヒーのカスタムウォーター作り方ガイド』で具体的なレシピと手順を紹介しています。

スーパーで手に入る「にがり」を使う方法
専用のミネラルパウダーやキットを用意しなくても、日本のスーパーには、手軽に使えるマグネシウム源が置かれています。豆腐づくりに使う「にがり」です。
にがりの主成分は塩化マグネシウムで、少量を加えるだけでも味の出方が変わるケースがあります。当ラボでも Philocoffea の浅煎りエチオピアを使って試したところ、にがり水を使ったカップの方が、酸の輪郭がはっきりし、甘さの余韻が残りやすくなる印象がありました。
※入れすぎると塩味やえぐみが出てしまいます。まずはごく少量から始めて、好みに合わせて調整してください。
最初は 1 滴だけにして、普段と同じレシピで淹れてみてください。酸味や甘さの輪郭が少しクリアになったり、余韻が伸びたように感じられれば、この方法がマッチしているサインです。
抽出比やTDSとの関係まで含めた『水×抽出』の全体像は、『コーヒー抽出の科学|「酸っぱい・苦い」をなくす味づくりの基礎理論』が参考になると思います。

保存の科学 湿度との付き合い方
欧米のコーヒー本などには「直射日光を避けた冷暗所(Cool and Dry place)で保存」と書かれていることが多いですが、梅雨や真夏の日本では、そのまま鵜呑みにすると心もとない場面があります。
ここでは、基本的な物理・化学の考え方にもとづいて、2025年時点で日本の家庭でも取り入れやすい保存手順を整理してみます。
保存容器の選び方や、常温保存との比較は『コーヒー豆の保存は真空容器が最強?酸化と湿気を防ぐ完全ガイド』で詳しく検証しています。

温度と湿度が劣化に与える影響
化学反応の速度論を示す「アレニウスの式」では、一般的に温度が10℃上がるごとに反応速度が約2倍になるとされています。ざっくり言えば、冬場(10℃前後)の常温保存と、真夏(30℃前後)の常温保存では、劣化のスピードが数倍違う、というイメージになります。
さらに日本では、「湿度」も大きな要因です。湿度が高いと豆が水分を吸い込み、加水分解や酸化が進みやすくなります。真空キャニスターなども一定の効果はありますが、劣化そのものを大きく遅らせるには限界があります。そこで選択肢に入ってくるのが、豆の温度を下げて分子の動きをゆっくりにしてしまう「冷凍保存」です。
1杯分ずつ小分け冷凍するときの具体的な手順は、『コーヒー豆は「1杯分ずつ小分け冷凍」が正解』を見ながら進めてもらうと安心です。

おすすめ手順:Japan Standard 2025
「冷凍すると味が落ちた気がする」という声の多くは、冷凍そのものというよりも、出し入れ時の「結露」が原因であることが少なくありません。次の流れを守るだけでも、数ヶ月後のカップの印象はだいぶ変わります。
購入した袋のまま冷凍庫に入れるのではなく、まずは 1 回分(15〜20g 程度)ずつ小分けにします。小さな袋やラップで包んでおくと扱いやすくなります。
小分けにした豆を、ガスバリア性の高い「アルミ蒸着袋」にまとめて入れ、できるだけ空気を抜いて封をします。これで酸素と湿気の出入りをかなり抑えられます。
温度変化の少ない冷凍庫の奥に保管します。ここまでやっておくと、温度・湿度による劣化はかなりゆっくりになります。
使うときは、冷凍庫から取り出した小分けを、そのままグラインダーに入れるのがおすすめです。室温に置いて解凍してしまうと、表面に水滴がつき、残りの香りが大きく損なわれます。
凍った豆はもろくなり、挽いたときに粉の揃いが良くなるという報告もあります。もっとも避けたいのは、「大袋を出し入れして、その都度結露させてしまう」パターンです。
この手順を取り入れるだけでも、「1kg の大袋をやや安く購入しつつ、数ヶ月かけて飲んでも十分おいしい状態を保つ」といった使い方が現実的になってきます。当ラボとしては、コストと品質のバランスを取るひとつの方法として、こうした小分け冷凍をおすすめしています。
結論とこれからの楽しみ方
ここまで、品種の話(遺伝子)、精製と処理プロセス(サーマルショックなど)、水質、保存方法という 4 つの視点から、コーヒーの味を形づくる要素を見てきました。
ピンクブルボンのルーツを知ると、「名前の響き」だけで選ぶのではなく、自分が好きな系統を意識しながら豆を選びやすくなります。サーマルショックの仕組みを知っておくと、「なぜこのロットは高いのか」を自分なりに整理しながらメニューを眺めることができます。
さらに、にがりによる簡易的な水調整と、小分け冷凍という保存の工夫を取り入れるだけでも、家での一杯の「伸びしろ」はかなり大きくなります。あとは、どこから試してみるかを決めるだけです。
高価な豆を「運任せ」ではなく、狙った味わいで楽しみたい方は、抽出理論2.0|世界大会レベルのテクニックを自宅で試す方法も参考になります。

スタイル別 これからの一歩
最後に、ライフスタイルや好みに合わせて、「次にどこから手をつけると楽しみやすいか」の目安を簡単にまとめておきます。
- 狙う豆: 「Thermal Shock」や「Anaerobic」など、プロセスが明記された実験的なロット(例:Glitch Coffee など)。
- おすすめ器具: 湯温を細かく調整できる電気ケトル。高めの温度帯(90〜93℃)で香りをしっかり引き出す方向がおすすめです。
- 次の一歩: 4,000〜5,000円クラスの豆を 100g だけ購入し、「プロセスの違いが味にどう出るか」をメモを取りながら飲み比べてみる。
- 狙う豆: 信頼できるロースターの Washed や、品種・農園が明記されたスタンダードな豆(例:Philocoffea など)。
- おすすめアイテム: スーパーの「にがり」。少量の水質調整で、いつものレシピのまま味を底上げするイメージです。
- 次の一歩: 1kg の大袋を購入し、小分け冷凍+にがり水を組み合わせて、「1杯あたりのコスト」と「味の安定感」の両立をねらう。
- 狙う豆: 高品質なデカフェ(カフェインレス)や、ハーブ・マッシュルームなどを組み合わせたブレンド。
- おすすめ器具: セラミックフィルターなど、オイル分を少し抑えてすっきり飲める抽出器具。
- 次の一歩: 「◯時以降はデカフェにする」など、時間帯ごとに飲む豆を決めておき、生活リズムに合わせてコーヒーを組み立ててみる。


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