「これ、本当にコーヒー?」
コロンビアのピーチ・インフューズドを初めて飲んだとき、当ラボの所長は本気でそう思いました。桃やワインのような香り。おいしいけれど、いつものコーヒーとは明らかに違う体験でした。
ここ数年で存在感を増したインフューズド・コーヒーは、「新しい楽しみ方」として歓迎される一方で、「テロワールを壊す」「どこまで許されるのか」といった議論も巻き起こしています。
本記事では、家淹れ珈琲研究所の視点から、インフューズド・コーヒーの定義・製法・賛否・市場動向・家庭での楽しみ方までを整理します。読み終えるころには、自分にとって「アリかナシか」を決める材料がそろっているはずです。
本記事にはアフィリエイトリンクを含む場合がありますが、紹介する製品の選定や比較は当ラボの独自調査に基づいています。価格や在庫などの条件は変動するため、最新情報は必ず各公式サイトでご確認ください。
- インフューズド・コーヒーと、昔からあるフレーバーコーヒーの違いを知りたい
- 競技会で話題の「インフューズドOK/NG」の背景を理解したい
- 楽天やAmazonで、失敗しにくい銘柄の選び方を知りたい
- 家でインフューズドを淹れるときの、おすすめレシピと注意点を押さえたい
- インフューズド・コーヒーの実務的な定義と、フレーバーコーヒーとの決定的な違い
- アナエロビック/コ・ファーメンテーション/バレルエイジドなど代表的な製法のイメージ
- 生産者・ロースター・消費者・競技会、それぞれの立場から見たメリットとリスク
- 日本でインフューズドを入手しやすいルートと、ラベルで確認すべき「透明性チェック項目」
- ハンドドリップ/フレンチプレスで香りを生かすための抽出レシピと、当ラボの「付き合い方の結論」
長い記事なので、気になるところから読んでいただいて大丈夫です。
インフューズド・コーヒーとは?当ラボの定義
- 当ラボでは、発酵工程や樽熟成などを通じて、コーヒー以外の素材由来の香味を豆に移したコーヒーを「インフューズド」と呼びます。
- 焙煎後に人工香料などをコーティングするフレーバーコーヒーとは、タイミングも素材の考え方も別物です。
- 一方で、テロワールを覆い隠すことや、ラベルに十分な情報がないことへの懸念も大きく、世界中でルールや定義が議論されています。
インフューズド・コーヒーは、ここ数年で一気に名前が広がったわりに、「どこからどこまでをそう呼ぶのか」が人によってバラバラな状態です。まずはこの記事の中で話を揃えるために、家淹れ珈琲研究所としての考え方を整理しておきます。
インフューズドをどう評価するか以前に、「そもそも何について議論しているのか」がズレてしまうと、話が噛み合いません。この章では、当ラボが採用する実務的な定義と、グレーゾーンの扱いを明確にします。
インフューズド・コーヒーの基本定義
インフューズド・コーヒーには、SCA(スペシャルティコーヒー協会)のような団体による厳密な公式定義はまだありません。そこで本記事では、議論や実践で使いやすいように、次のような“作業定義”を置きます。
当ラボの定義
「収穫後の処理(発酵・乾燥・樽熟成など)の過程で、コーヒー以外の素材由来の香味を、意図的にコーヒー豆に移したコーヒー。」
ここでの「素材」には、フルーツの果肉・果汁・ピューレ、スパイス、ハーブ、ワイン酵母、ウイスキーやワインの使用済み樽などが含まれます。
ポイントは次の3つです。
- 対象は 収穫後〜生豆になるまで の工程であること
- 香りや風味が移るのが「偶然」ではなく、生産者の意図として設計されていること
- 外部から加えられるのは、香料そのものではなく、素材や環境(樽・酵母など)であること
一方、焙煎後のコーヒー豆に人工香料やフレーバーオイルをコーティングする、いわゆる「フレーバーコーヒー」はこの定義から外します。どちらも「コーヒーに香りを足す」という意味では似ていますが、思想も工程もまったく別物として扱います。
コーヒーの精製方法と発酵プロセスの全体像は、「なぜコーヒーの味は変わる?精製方法の全知識」で詳しく整理しています。

どこまでを「インフューズド」と呼ぶのか
ややこしいのは、「どのレベルからインフューズドと言ってよいのか」が世界的にも揃っていない点です。
典型的なパターンだけでも、次のようなものがあります。
- コーヒーチェリーと一緒に、フルーツピューレやスパイスを発酵タンクに入れる
- ワインやウイスキーの熟成に使われた樽に、生豆を数週間〜数か月寝かせる
- 焙煎後の豆を、ドライフルーツやシナモンと一緒に瓶に入れて数日置く
どれも広い意味では「何かの香りを移している」行為ですが、同じ土俵で語ると話が混線します。本記事では混乱を避けるため、次のように線を引きます。
- 生産地や精製所で、発酵管理や樽熟成の正式なプロセスの一部として行われるもの
→ インフューズド・コーヒーとして扱う - 焙煎後の豆と香りの素材を一緒に容器へ入れるだけの、家庭レベルの香り移し
→ 「簡易アロマ・トランスファー」として別枠で扱う(後半の番外編で紹介)
この記事で「インフューズド」と呼ぶのは、あくまで前者だけです。
この前提を押さえておくと、後に出てくる「賛成/反対の議論」や「競技会のルール変更」が、かなり整理して見えるようになります。
「これ、本当にコーヒー?」と言われる香りの特徴
インフューズド・コーヒーの最大の特徴は、誰が飲んでも分かるレベルの“分かりやすい香り”です。
代表的なイメージを挙げると、
- ピーチティーやトロピカルジュースのような、はっきりしたフルーツ感
- 赤ワインやラムを連想させる、アルコール由来のようなニュアンス
- シナモンロールやバニラアイスのような、デザート系の甘い香り
といった、「普通のナチュラル精製ではなかなか出てこない」フレーバーが前面に出てきます。
初めて飲むと、とても楽しい一方で、
- 「産地や品種より、インフューズ素材の方が主役に感じる」
- 「どのロットも似たような“作られた香り”に思えてしまう」
といった違和感を覚える方も少なくありません。
この「異常なまでの分かりやすさ」と「テロワールが見えにくくなる感覚」が、インフューズド・コーヒーを巡る賛否の出発点です。次の章では、このインフューズドが「フレーバーコーヒー」とどこが違うのかを、もう一段細かく整理していきます。
フレーバーコーヒーとの違い
インフューズド・コーヒーの話をすると、ほぼ必ずと言っていいほど出てくるのが「それって昔からあるフレーバーコーヒーと何が違うの?」という疑問です。
どちらも「コーヒーに香りを足す」という意味では似ていますが、工程・使う素材・味の出方・価格帯まで、考え方はかなり違います。この章では、その違いを整理しておきます。
香り付けのタイミングの違い
まず押さえておきたいのは、「香りをいつ付けているか」です。
インフューズド・コーヒーは、
- コーヒーチェリーの発酵工程
- 乾燥の過程
- 生豆を樽で寝かせる熟成工程
といった、焙煎前の段階で香味を浸透させます。コーヒーがまだ「生豆」になる前のタイミングで、フルーツやスパイス、樽の香りを取り込んでいくイメージです。
一方、一般的なフレーバーコーヒーは、
- 焙煎が終わったあと
- 熱が落ち着いた焙煎豆の表面に
フレーバーオイルやシロップ、香料などをコーティングしていきます。つまり、焙煎後の豆の表面に香りをまとうスタイルが中心です。
使われる素材と考え方の違い
素材の選び方にも、はっきりした方向性の差があります。
インフューズド・コーヒーでは、生産者や精製所が、
- フルーツの果肉・果汁・ピューレ
- シナモンやクローブなどのスパイス
- ハーブ
- ワイン酵母、ワインやウイスキーの使用済み樽
といった「素材そのもの」や「発酵・熟成の環境」を組み合わせて香味を設計します。コーヒーチェリーと一緒に発酵させたり、生豆を樽で寝かせたりすることで、じわじわと香りを取り込んでいきます。
対してフレーバーコーヒーでは、
- バニラ
- キャラメル
- ヘーゼルナッツ
- チョコレート
など、狙った香りを手早く再現するために、フレーバーオイルや香料がよく使われます。「バニラならこの香料」「ヘーゼルナッツならこの香料」というように、ゴールの香りから逆算して設計するイメージです。
どちらが良い悪いではなく、
- インフューズド:発酵や熟成のプロセスに素材を組み込んでいく
- フレーバーコーヒー:焼き上がった豆に、目的の香りをまとう
という、発想の起点が違うと考えると分かりやすいと思います。
風味の出方と、香りの持続性
飲んだときの印象も、両者でかなり違います。
インフューズド・コーヒーは、
- 香りが豆の内部まで浸透していることが多く
- カップが冷めても、フルーツやスパイスのニュアンスが比較的長く続きやすい
- 酸・甘さ・質感といったコーヒー本体の要素と、インフューズ素材が絡み合って感じられる
といった特徴があります。一杯を通して「桃っぽさが続く」「ワインのような余韻が長い」といった印象になりやすいです。
一方、フレーバーコーヒーは、
- カップに顔を近づけた瞬間の香りはとても強い
- 飲み進めるうちに、香りがスッと引いていきやすい
- ベースのコーヒーがどんな味でも、フレーバーの名前通りの印象が先に立つ
という傾向が出やすいです。「最初の一口は完全にバニラ」「冷めると普通のコーヒーっぽくなる」といった変化を感じたことがある方も多いかもしれません。
コーヒーの香りそのものの仕組みは、コーヒーアロマの科学 で詳しく解説しています。

価格帯と、スペシャルティの中での立ち位置
価格や扱われ方も、両者を見分けるヒントになります。
インフューズド・コーヒーは、
- 発酵タンクや樽の管理に手間とリスクがかかる
- 原料となるフルーツや樽のコストも無視できない
- 失敗したときのロスが大きい
といった理由から、基本的には高価格帯が中心です。競技会用のロットや限定マイクロロットとして販売されるケースも多く、「スペシャルティの中でも実験色が強いゾーン」という扱いになりがちです。
フレーバーコーヒーは、
- 大量生産に向いている
- 価格帯も広く、スーパーから専門店まで幅広く流通している
- 「スペシャルティ」というよりは、気分転換の嗜好品として親しまれている
という立ち位置がメインです。スペシャルティの世界でもフレーバーコーヒーを扱う店はありますが、「カッピングスコア」や「テロワール」といった評価軸とは切り離して楽しむことがほとんどです。
| 項目 | インフューズド・コーヒー | フレーバーコーヒー |
|---|---|---|
| 香り付けのタイミング | 焙煎前(発酵・乾燥・樽熟成など)で香りを染み込ませる。 | 焙煎後の豆表面にフレーバーをコーティングする。 |
| 主な素材 | フルーツ、スパイス、ハーブ、ワイン酵母、使用済み樽など。 | バニラ・キャラメル・ナッツ系などのフレーバーオイルや香料。 |
| 風味の出方 | コーヒー本体と素材の風味が一体感を持って現れやすい。 | フレーバー名どおりの香りが先に立ち、分かりやすい。 |
| 香りの持続性 | 冷めてもフルーツ感や樽感が続きやすい。 | 最初の香りは強いが、冷めるとフレーバーは弱まりやすい。 |
| 価格帯 | 発酵管理・樽コスト・失敗リスクがあり、高価格帯ロットが中心。 | 大量生産向きで、幅広い価格帯。日常使いしやすい。 |
| スペシャルティでの立ち位置 | 実験的・表現型のポジション。評価基準を議論中。 | スペシャルティ評価とは切り離し、「味付きコーヒー」として楽しまれる。 |
| 向いている楽しみ方 | 週末や来客時のごちそう枠、新しい体験を求めるとき。 | 気分転換用の1杯や、コーヒー初心者の入り口として。 |
※一般的な傾向の比較であり、すべての銘柄がこの限りではありません。
この章を読み終えた段階で、「思っていたよりフレーバーコーヒーと違うものだな」「自分が好きなのはどっちの方向性かも見えてきた」と感じてもらえれば十分です。次の章では、インフューズドがどのようなプロセスでつくられているのかを、精製工程に沿ってもう少し詳しく見ていきます。
精製方法やインフューズド/アナエロビックの有無によって、同じ産地でも味の方向性は大きく変わります。こうした情報をパッケージからどう読み解くかは、こちらの記事で整理しています。

インフューズド・コーヒーの製造プロセス
インフューズド・コーヒーの理解を深めるには、「普通の精製プロセス」との違いを押さえるのが近道です。この章では、一般的な精製の流れをなぞりながら、どこにインフューズド特有の工夫が入り込むのかを整理します。
通常の精製とどこが違うのか
まず、ごく簡単に通常の精製を振り返ります。
- チェリーを収穫する
- パルパーで果肉を除去する(またはチェリーごとタンクへ入れる)
- 発酵させてミューシレージ(粘液質)を分解する
- 洗浄・乾燥させる
- 脱殻して生豆にする
インフューズド・コーヒーでは、この流れのどこかに「外部の素材」や「特殊な環境」が組み込まれます。多くの場合、キーになるのは「発酵」と「乾燥〜熟成」のフェーズです。
通常の精製プロセスとインフューズド・コーヒーの違い
基本の流れは同じですが、「どの工程で」「どんな素材を使うか」でゴールの味は大きく変わります。
通常のスペシャルティ精製
産地・品種・標高などのテロワールを、できるだけそのまま表現することを重視したプロセス。
収穫・チェリー選別
完熟したチェリーだけを選び、異物や未熟豆を取り除く。
パルピング/発酵
ウォッシュドなら果肉除去後にミューシレージを発酵で分解。ナチュラルならチェリーごと発酵。
洗浄・乾燥
発酵後に洗浄し、天日やアフリカンベッドなどで水分を抜く。
脱殻・選別
パーチメントを剥がし、欠点豆を除去して生豆として仕上げる。
インフューズド・コーヒーの精製
通常の流れをベースにしながら、発酵や熟成の段階で外部素材を組み込み、香りを設計するアプローチ。
収穫・チェリー選別
ここまでは通常精製と同じ。ベースとなるテロワールが土台になる。
タンク投入・環境づくり
密閉タンクなどにチェリーまたはパーチメントを入れ、温度・時間・ガス組成を管理する。
外部素材の追加
フルーツピューレやスパイス、ワイン酵母、果皮などをタンク内に加える。
発酵・香りの浸透
発酵の進行とともに、素材由来のアロマ成分が豆の内部に少しずつ浸透していく。
乾燥・樽熟成など
乾燥後、生豆をウイスキー樽やワイン樽で寝かせるなど、香りを落ち着かせる工程を加える場合もある。
※図は代表的なイメージです。実際の工程やレシピは生産者やロットによって大きく異なります。 当ラボとしては、ラベルや商品説明で「どの工程で何をしたか」がどこまで開示されているかを重視して評価しています。
アナエロビック・ファーメンテーション(嫌気性発酵)
アナエロビック・ファーメンテーションとは、酸素を遮断した密閉タンクで行う発酵のことです。タンク内のガス組成や温度を管理しやすく、乳酸発酵など特定の微生物の活動を強められるのが特徴です。
もともとは「テロワールや品種の個性を、よりクリアに引き出す精製手法」として注目されましたが、インフューズド技術の土台にもなりました。
- 密閉タンクにフルーツピューレやスパイスを一緒に入れる
- 酵母を選択して投入し、狙った方向に発酵を進める
といった操作がしやすく、発酵の結果として生じる香味を、かなり狙ってコントロールできるようになったからです。
ただし重要なのは、「アナエロビック=インフューズド」ではないという点です。アナエロビックはあくまで発酵の“環境”であり、そこに何をどのように加えるかは別の話になります。
カーボニックマセレーションや嫌気性発酵(アナエロビック)といった特殊プロセスについては、別記事で個別に掘り下げています。


コ・ファーメンテーション(共発酵)
コ・ファーメンテーションは、その名の通り「共に発酵させる」手法です。コーヒーチェリーと、フルーツやスパイスなどの有機物を同じタンクに入れ、一緒に発酵させます。
- マンゴーピューレと一緒に発酵させる
- ワイナリー由来の果皮や果汁を使う
といったレシピが有名です。ここでは単に香りを「後から足す」というより、発酵というプロセスそのものに外部素材を組み込み、相互作用で新しい香味をつくるイメージが近いです。
当ラボの整理では、コ・ファーメンテーションはインフューズド・コーヒーの一種と考えますが、
- どの素材をどの程度使うか
- プロセスをどこまで開示しているか
によって、評価は大きく変わってきます。
バレルエイジド(樽熟成)タイプ
もう一つ代表的なのが、ウイスキーやワイン、ラム酒などで使われた樽に生豆を保存するバレルエイジドです。
- 使用済みの樽の内側には、酒由来の香味や、木樽そのもののバニラ様の香りが残っている
- そこに生豆を数週間〜数か月置くことで、香りの成分が豆に移る
という仕組みです。アルコール成分そのものは焙煎時に飛ぶため、実際に酔うようなことはありませんが、赤ワインやウイスキーを連想させるアロマはしっかり残り、リッチで“樽感”のあるカップになります。
家庭でできる簡易アロマ・トランスファーとの違い
焙煎後のコーヒー豆を、ドライフルーツやスパイスと一緒に瓶に入れておくと、数日で香りが移っていきます。これは手軽に楽しめる「香りの実験」としてとても面白い方法です。
ただし、これはあくまで表面付近に香りを移しているだけであり、
- 生豆段階での発酵
- タンク内のガス管理
- 長期の樽熟成
といったプロセスとは本質的に異なります。
本記事では、こうした家庭での香り遊びは「簡易アロマ・トランスファー」として別枠で紹介し、生産地レベルの精製技術としてのインフューズドとは区別して考えます。
ここまでで、インフューズド・コーヒーが「発酵や熟成の工夫」と深く結びついていることが見えてきたと思います。次の章では、その工夫がスペシャルティコーヒーの価値観とどうぶつかっているのか、賛否と競技会ルールの変化を見ていきます。
インフューズド・コーヒーは革新か異端か?スペシャルティ界の賛否と競技会ルール
インフューズド・コーヒーは、「こんな表現があったのか」とワクワクさせてくれる一方で、「テロワールを壊しているのでは?」という強い反発も生んでいます。ここでは、生産者・ロースター・消費者・競技会といったそれぞれの立場から、賛否のポイントを整理します。
生産者にとっての「新しい武器」
賛成派がまず評価するのは、インフューズド・コーヒーが生産者の新しい表現手段になり得る点です。
- 気候や土壌の条件から、どうしてもカッピングスコアが伸びにくいロット
- 価格競争に巻き込まれがちなコモディティ寄りのコーヒー
こうしたロットに、発酵や樽熟成の工夫を加えることで、ユニークな香味と高い販売単価を実現できる可能性があります。うまくハマれば、農園の経営を支える付加価値のエンジンになり得ます。
さらに、インフューズドがきっかけとなって、その生産者や農園に注目が集まり、従来プロセスのロットにも買い手が増える、といったプラスの波及効果が生まれるケースもあります。
テロワールが見えなくなるという批判
一方で、批判派の中心にあるのは、「スペシャルティコーヒーが大事にしてきたテロワールの価値が薄れてしまうのではないか」という懸念です。
スペシャルティコーヒーは、もともと
- 国・地域・農園といった産地
- 品種・土壌・標高・気候といった環境要因
が生む、その土地ならではの風味を評価の軸にしてきました。そこに、桃やベリー、ワインのような強い外部フレーバーを重ねると、「土地の味」より「レシピの味」が前面に出てしまいます。
極端な場合、「どこで誰がつくっても、だいたい同じ香りになってしまうのでは?」という不安さえ生まれます。これが、「インフューズドはスペシャルティの文脈では異端だ」という強い意見につながっています。
スペシャルティコーヒーの基準やスコアの考え方は、スペシャルティコーヒーの基準とは? で整理しています。

情報の透明性という倫理的な問題
もう一つ大きな論点が、情報の透明性です。
もしインフューズドであることや、どの素材をどの程度使ったのかがラベルに明記されていなければ、消費者はその華やかな香りを「この農園の豆は、もともとこういうフレーバーなんだ」と誤解してしまいます。
その結果、
- 地道にテロワールを磨いてきた生産者との比較がフェアでなくなる
- 「普通の精製では到達できないような香り」が、あたかも品種本来の個性のように誤認される
といった問題が起こり得ます。
当ラボとしては、インフューズドをやる/やらない以前に、プロセスをどこまで開示するかが最低限の条件だと考えています。「インフューズドかどうか分からない」「何を使ったか全く説明がない」商品は、信頼性の面でどうしても評価しづらい領域です。
競技会のルールが示すライン
世界中のトップバリスタがしのぎを削る競技会は、インフューズドに対して長く慎重な姿勢を取ってきました。かつては、「コーヒー以外のものを加えた豆」は原則として使用不可とされるケースが多く、競技会はテロワールの土俵という位置づけでした。
近年は、ルールを細かく見直す動きが出ています。例えばイメージとしては、次のような線引きです。
- 生豆になった後に、香料をコーティングする → NG
- 収穫後〜生豆になるまでの発酵プロセスに工夫を加える → 条件付きで許容
つまり、「どこで・何を・どの程度加えたのか」をベースに、グレーゾーンを減らしていこうとする流れです。
一方で、すべての大会が同じ方向を向いているわけではありません。特定の品種や産地ブランドを守るために、「インフューズド完全NG」を貫いている品評会も存在します。世界的に見ても、評価のスタンスはまだ割れたままと言ってよいでしょう。
主な競技会がどこに線を引いているか
詳細なルールは大会ごとに異なりますが、大まかには「どの工程までをコーヒー本来のプロセスとみなすか」という線引きで整理できます。
例:World Barista Championship など
バリスタ系競技会
エスプレッソの土台となる豆は、あくまでコーヒー由来のフレーバーを中心に評価するというスタンス。 発酵条件の工夫は許容しつつも、「香料コーティング」との線引きを明確にしようとしています。
例:World Brewers Cup など
ブリューワーズ系競技会
産地や品種、精製プロセスの違いを伝えることが主眼で、「オリジンの個性が分かるかどうか」を重視。 インフューズドを使用する場合も、プロセスの開示と表現のバランスが問われます。
例:各種カップ・オブ・エクセレンス、品評会
品評会・オークション系
生産国や品種ブランドを守る目的から、「インフューズド豆は出品不可」とするルールも存在します。 一方で、特殊プロセスを別枠で評価する新しいカテゴリーを検討している動きもあります。
各団体のルールや解釈はアップデートされ続けているため、実際に競技に出る場合は、必ず最新の公式ルールを確認するようにしてください。
SCAと「オリジン」の揺らぎ(ミニコラム)
スペシャルティコーヒー協会(SCA)自体も、インフューズドに対して完全に白黒をつけているわけではありません。カッピングプロトコルの議論の中で、
- 加工による差をどう評価するか
- どこまでを「オリジン(産地特性)」として扱うか
といったテーマが継続的に検討されています。
インフューズドの存在は、従来の
- 国・地域・農園・品種といった地理・品種ベースのオリジン概念
に、
- 生産者や精製所の意図的な加工技術
という新しいレイヤーを追加する動きでもあります。これは、ワインの世界で「ブドウ品種」だけでなく「醸造家の哲学」も重視される構図に少し似ています。
この視点の変化を受け入れるか、それともテロワール最優先の価値観を守るか──インフューズドをめぐる論争は、実は「オリジンとは何か」を問い直すパラダイムシフトの一部だと言えます。
| 視点 | 賛成(Pros) | 懸念・反対(Cons) |
|---|---|---|
| 生産者 | スコアが伸びにくいロットにも付加価値を付けられる。 限定ロットとして高単価を狙いやすい。 | 発酵失敗時の損失が大きい。 テロワール重視派との溝が生まれやすい。 |
| ロースター・バリスタ | 「ここだけ」の一杯を作りやすい。 イベントや競技会でストーリーを組み立てやすい。 | テロワールとの違いを説明する手間が増える。 評価基準が揃っておらず、ジャッジが難しい。 |
| 消費者 | 新鮮で印象に残る味の体験ができる。 コーヒーに興味がない人への入口になりやすい。 | プロセスや素材が分かりにくい商品もある。 強いフレーバーに慣れると、普通の豆が地味に感じることがある。 |
| 業界全体 | 発酵・プロセス技術の進化を促しやすい。 ワインやクラフトビールのように「加工ストーリー」を打ち出せる。 | スペシャルティやオリジンの定義が揺らぎやすい。 表示やマーケティングのルールが追いつかない恐れがある。 |
※代表的な論点の整理であり、実際の意見は生産者・ロースター・消費者ごとに多様です。
ここまでで、「インフューズドは単なる“味付きコーヒー”ではなく、スペシャルティの価値観そのものを揺さぶる存在になっている」という全体像が見えてきたと思います。次の章では、この動きが世界の市場と日本の現場でどう表れているのかを、もう少し俯瞰してみます。
世界の市場動向と日本の現在地
インフューズド・コーヒー単体の統計はまだ限られていますが、「コーヒー×別の何か」という発想自体は、世界の飲料・食品市場で確実に広がっています。この章では、マクロな市場動向と、日本国内での“今”をざっくり整理します。
「コーヒー×別の何か」は確実に広がっている
世界の市場調査レポートを見ると、
- コーヒーを原料にしたエナジードリンクや機能性飲料
- フルーツやハーブと組み合わせたハイブリッド飲料
- プレミアム路線の RTD(Ready To Drink)コーヒー
といったカテゴリが、今後も拡大していくと予測されています。
これらは必ずしも全てスペシャルティ由来ではありませんが、「コーヒーはブラックで飲むもの」という前提そのものが揺らぎ、多様な飲み方が当たり前になりつつあることを示しています。その流れの中で、豆の段階から香味を設計するインフューズド・コーヒーは、象徴的な存在のひとつです。
世界の「コーヒー関連製品」市場のイメージ
コーヒーをベースにした飲料や派生製品は、2010年代後半以降ゆるやかに拡大しているとされます。 下のグラフは、その傾向を「2018年を100とした指数」でイメージ化したものです。
市場規模(指数:2018年 = 100)
グラフの数値は、複数の市場レポートで語られている傾向を単純化したイメージです。 ポイントは、「ブラックコーヒー」だけでなく、 コーヒー×エナジードリンク/フルーツやハーブとのハイブリッド/プレミアムな RTD など、 周辺領域が伸びているという流れです。 インフューズド・コーヒーは、その中で「豆の段階から香味を設計する」派生カテゴリの一つと位置づけられます。
クリーンラベル/サステナブル志向との関係
最近の消費者トレンドとして、
- 何が入っているか分かりにくい人工香料への抵抗感
- 原材料表示がシンプルで分かりやすいクリーンラベル志向
- 産地・生産者・環境負荷といったストーリーを重視するサステナブル志向
がよく語られます。
この文脈では、
- フルーツピューレやスパイスを使った発酵
- ワイナリーとコラボした樽熟成
といったインフューズドのレシピは、「ラベルや商品説明の中でストーリーとして語りやすい」強みを持っています。原材料の顔が見えやすく、産地や生産者の取り組みと組み合わせて打ち出しやすいからです。
ただし、すべてのインフューズドが自動的にクリーンでサステナブルになるわけではありません。
- 素材の調達方法(どこから、どのように仕入れているのか)
- 追加の発酵・熟成にかかるエネルギーやコスト
- ロスや廃棄のリスク
などを含めて見ないと、実際の環境負荷やサステナブル性は判断できません。「ラベルの物語」と「実態」を切り分けて考える視点も大切です。
日本でインフューズド・コーヒーに出会う場所
日本国内でも、インフューズド・コーヒーを見かける機会は少しずつ増えてきました。当ラボが確認している主なルートは、次の3つです。
- スペシャルティコーヒー専門店・ロースター
競技会出場経験のあるバリスタが所属しているショップや、海外のファームと直接取引しているロースターなどで、限定ロットとして提供されることがあります。店頭提供のみのケースもあれば、オンラインショップで豆販売される場合もあります。 - イベント・競技会の限定メニュー
バリスタコンペティションやコーヒーフェスティバルの会場で、「ここでしか飲めない一杯」としてインフューズドが使われることがあります。抽出レシピやストーリーもセットで聞けるので、興味がある方にはおすすめの場です。 - 通販(楽天・Amazon・ロースター直販)
国内ロースターが輸入したインフューズド豆や、海外ロースターが日本向けに販売しているロットを、EC経由で入手できるケースも増えてきました。当ラボでも楽天・Amazon経由でいくつかの銘柄を購入・検証しています。
通販で探す場合は、商品ページの
- 精製プロセスの記載(Infused, Co-fermented, Barrel Aged など)
- どの素材を使ったか(ピーチ、ライチ、シナモン、ワイン樽など)
- どの程度までプロセスを説明しているか(情報開示の丁寧さ)
といった点をチェックするのが鍵になります。このあたりは、後半の「どこで買うか」「どう選ぶか」のセクションで、具体的なチェックリストと一緒に整理します。
インフューズド・コーヒーのタイプ別マップ(3つの入口)
まずはどの方向性が好みに近いかを決めてから、下のおすすめ豆を選ぶと失敗しにくくなります。
華やかでジューシーなフレーバー
ピーチやライチ、シナモンロールなど「デザート寄り」の香りが特徴。
まずはインフューズドの世界を分かりやすく体験したい方に。
樽香とコクを楽しむ大人向け
ウイスキーやラム酒の樽で寝かせた、生豆の樽熟成タイプ。
夜の一杯や、スイーツと合わせるごちそうコーヒーに。
まずは手軽に一杯から試したい方へ
ミルやスケールがなくても、普通のマグカップとお湯だけでOK。
ギフトや「とりあえず雰囲気だけ知りたい」ときの入口に最適です。
ここまでが、インフューズド・コーヒーを取り巻く「背景」と「業界の動き」の整理です。
ここから先は、「どこで買って、どう選び、どう淹れるか」という実践編に入ります。
気になる方は、次の「実践編:どこで買える?通販で探すインフューズド・コーヒー」から読み進めてみてください。
実践編:どこで買える?通販で探すインフューズド・コーヒー
ここからは、「実際に飲んでみたい」と思ったときの話です。インフューズド・コーヒーはまだ流通量が少なく、どこで・どう探すかが分かりにくいジャンルでもあります。この章では、通販を前提にした探し方と、失敗しにくい選び方のポイントを整理します。
まずは少量から、お試し前提で選ぶ
インフューズド・コーヒーは、好みの分かれ方が極端です。強烈にハマる人もいれば、「おもしろいけど毎日は飲まないかも」という人も多いジャンルです。
そのため、最初の一歩は次のようなスタンスがおすすめです。
- いきなり 200 g や 500 g ではなく、100 g 前後またはドリップバッグから試す
- 「毎日の定番」ではなく、週末や来客時の“イベント枠”と割り切る
- できれば2タイプ(フルーツ系+バレル系など)を飲み比べる
このくらいの距離感で付き合うと、「期待しすぎて肩透かし」や「面白すぎて普通の豆に戻れない」といった極端な失敗を避けやすくなります。
ラベルと商品説明でチェックすべき項目
通販でインフューズド・コーヒーを探すときは、商品ページの以下の情報に着目してみてください。
- 生産国・地域・農園名 …… どこのコーヒーなのか
- 品種 …… ゲイシャ、ピンクブルボンなど
- 精製プロセス …… Infused / Co-fermented / Barrel Aged などの表記があるか
- 使用した素材 …… ピーチ、ライチ、シナモン、ワイン樽など。ここが曖昧な商品は要注意です。
- 焙煎度 …… フルーツ系は浅煎り〜中浅煎り、バレル系は中煎り前後が多め
- ロースト日・賞味期限 …… 香りが命なので、できるだけ新鮮なものを選びたいポイントです。
- プロセスの説明の丁寧さ …… どの工程で何をしたか、ある程度具体的に書いてあるか
特に「どの素材を、どの工程で使ったのか」にほとんど触れていない商品は、当ラボとしては積極的にはおすすめしづらい領域です。価格だけでなく、情報開示の姿勢も選ぶ基準のひとつにしてみてください。
タイプ別・失敗しにくい選び方
インフューズド・コーヒーは、ざっくり次のような方向性に分かれます。
- フルーツ・スパイス系 …… ピーチ、ベリー、ライチ、シナモンなど
- バレルエイジド系 …… ウイスキー樽、ワイン樽、ラム樽など
- デザート系フレーバー寄り …… チョコレートやバニラを強く打ち出すタイプ
初めての方には、次のような選び方をおすすめします。
- 「これ本当にコーヒー?」体験をしたい人
→ ピーチやベリーなどのフルーツ系インフューズド。香りの分かりやすさは抜群です。 - 食後酒のようにじっくり楽しみたい人
→ ウイスキーやワインのバレルエイジド系。夜の一杯に合います。 - とりあえず雰囲気だけ味わいたい人
→ ドリップバッグや少量セット。まずは手軽に試してみるのが安心です。
インフューズド・コーヒーを試すなら、この3タイプから
まずは少量から「方向性」を掴むのがおすすめです。当ラボとしては、 フルーツ・スパイス系、バレルエイジド系、ドリップバッグお試し系の3タイプから入ると失敗しにくいと考えています。
① フルーツ・スパイス系(ばいせん工房珈琲倶楽部)
ばいせん工房珈琲倶楽部のコロンビア産インフューズドコーヒー。 ライチハニーやシナモンロールハニーなど、華やかなフルーツ・スイーツ系フレーバーを楽しめるタイプです。 まずは「フルーツ系ってどんな感じ?」を知るのにちょうど良い1本です。
- タイプ:フルーツ・スパイス系インフューズド
- 特徴:ライチやシナモンロールを思わせる甘く華やかな香り
- おすすめ:週末のごほうびコーヒーや来客時の一杯に
③ ドリップバッグ(お試し)系(ばいせん工房珈琲倶楽部)
ばいせん工房珈琲倶楽部のお試しドリップバッグセット。 ミルを持っていない方や、まずは手軽に一杯から試してみたい方に向いた「入り口」として使いやすいセットです。
- タイプ:インフューズド・コーヒー ドリップバッグセット
- 特徴:複数フレーバーを少量ずつ試せる飲み比べスタイル
- おすすめ:初めてのインフューズド体験やギフト用に
こうしたタイプの違いを意識しておくと、「思っていたのと違った」というミスマッチを減らしやすくなります。次の章では、手に入れたインフューズド・コーヒーを家庭でおいしく淹れるための具体的な抽出レシピを紹介します。
実践編:家でおいしく飲むための抽出ガイド
インフューズド・コーヒーは、その製造プロセスの影響で、普通の豆とは少し違う振る舞いをすることがあります。この章では、当ラボでの検証をもとに、家庭で再現しやすい抽出のコツとレシピをまとめます。
抽出の理屈そのものを体系的に押さえたい方は、コーヒー抽出の科学 もあわせて読んでいただくと、インフューズド以外の豆にも応用しやすくなります。

インフューズド豆の「クセ」を押さえる
インフューズド・コーヒーで意識しておきたいポイントは、主に次の3つです。
- アロマ成分が多く、揮発しやすい …… 高すぎる湯温や激しい攪拌は、香りを一気に飛ばしてしまうリスクがあります。
- 発酵由来の成分が多く、過抽出になりやすい …… 抽出時間が長すぎると、不快な発酵感や雑味が出やすくなります。
- 豆の質感が変化していることがある …… 精製や熟成の影響で、同じ挽き目でも「出やすさ」が変わることがあります。
これらを踏まえると、基本方針は次のようになります。
- 湯温はやや低め(88〜93℃)を基準にする
- 過度な攪拌や激しい注ぎ方を避ける
- 味が濃すぎると感じたら、まずは湯温と抽出時間から調整する
フルーツ系インフューズド向け:ペーパードリップ(V60)
インフューズド・コーヒー向け 抽出レシピ早見表
フルーツ系はクリーンに、バレル系はボディ重視で。詳しい解説は本文のレシピとあわせてご覧ください。
V60ペーパードリップ
フルーツ系インフューズド向け基本レシピ(1杯分の目安)
| 豆の量 | 15 g(中浅〜中煎り) |
|---|---|
| お湯 | 240 g |
| 温度 | 88〜92 ℃ |
| 時間 | 2分30秒〜3分00秒で落とし切り |
ポイント
- 香りを飛ばさないよう、注ぎは細く静かに。
- 味が濃すぎる/発酵感が強いときは、湯温を1〜2 ℃下げるか時間を少し短くする。
フレンチプレス
バレルエイジド系向け基本レシピ(1杯分の目安)
| 豆の量 | 15 g(中〜中深煎り) |
|---|---|
| お湯 | 240 g |
| 温度 | 92〜93 ℃ |
| 時間 | 合計9〜12分(4分+待ち時間) |
ポイント
- 4分後に軽く攪拌し、浮いたクレマをすくってからしばらく置いて微粉を沈める。
- プランジャーは最後まで押し切らず、上澄みだけを静かに注ぐ。
※あくまで当ラボの検証から導いた目安値です。豆の個性や焙煎度、ミルの挽き目によって最適値は変わるため、 少しずつ条件を動かしながら自分好みにチューニングしてください。
フルーツ系のインフューズドでは、クリーンな質感と明るい香りを出せるペーパードリップ(V60など)が 相性の良い抽出方法だと感じています。
豆量や湯量・温度などの具体的なレシピは、直前の 「インフューズド・コーヒー向け 抽出レシピ早見表」にまとめました。 ここでは、なぜその条件にしているのかと、味を変えたいときにどこを触るかだけを整理します。
なぜこのレシピなのか
- やや低めの湯温(88〜92℃)
インフューズド豆は発酵由来の成分が多く、温度が高すぎると香りが一気に立ち上がりすぎたり、 過抽出で発酵感が強く出やすくなります。少しだけ低めの温度を基準にすることで、 フルーツ感を保ちつつバランスを取りやすくなります。 - 中粗挽き+2分30秒〜3分の抽出時間
挽き目を極端に細かくすると、発酵ニュアンスやえぐみが出やすくなります。 中粗挽きで2分台後半を狙うと、フルーツ感と甘さのバランスが取りやすいゾーンに入りやすいです。 - 蒸らしと注ぎは「静かに」
激しい攪拌や高い位置からの注ぎは、せっかくの香りを飛ばしやすくなります。 蒸らしはしっかり取りつつ、注ぎは粉床を崩しすぎない範囲で静かに行うのがポイントです。
こんなときどう調整するか
- 「香りは良いけれど、味が濃すぎる/重たい」とき
→ 抽出時間を少し短くする、もしくは湯温を 1〜2℃ 下げる方向で調整します。 - 「香りは立つけれど、酸味が鋭く感じる」とき
→ 挽き目をほんの少しだけ細かくするか、後半の注ぎをゆっくりにして接触時間をわずかに伸ばします。 - 「フルーツ感がぼやけている」とき
→ 最初の一投目(蒸らし〜1回目の注ぎ)を、少しだけ丁寧に注いで粉全体を均一に濡らすよう意識してみてください。
バレルエイジド系向け:フレンチプレス
ウイスキー樽やワイン樽のバレルエイジド系は、オイル感やボディをしっかり感じたいタイプです。 ここでは、フレンチプレスを使って樽由来の香りと質感を余さず引き出す考え方をまとめます。
豆量・湯量・温度などの数値は、早見表に掲載している範囲であれば大きく外しません。 レシピの土台は、コーヒー専門家 James Hoffmann 氏が提案しているメソッドをベースにしています。
なぜこのレシピなのか
- 93℃前後のやや高めの湯温
樽由来の香りとボディをしっかり出したいので、V60より少し高めの温度を基準にしています。 一方で沸騰直後の湯をそのまま使うと、えぐみやアルコールっぽさが出やすくなるため、 ほんの少しだけ温度を落として使うイメージです。 - 4分+待ち時間の「長め抽出」
まず4分で骨格を作り、その後しばらく置いて微粉を沈めることで、 コクはしっかり、舌触りはなめらかに仕上げやすくなります。 - クレマをすくってから、上澄みだけを注ぐ
浮いているクレマや泡ごと注ぐと、雑味や重さが一気に増えやすくなります。 上澄みだけをそっと注ぐことで、樽香をきれいなまま楽しみやすくなります。
こんなときどう調整するか
- 「アルコールっぽさやえぐみが気になる」とき
→ お湯の温度を 1〜2℃ 下げるか、待ち時間を少し短くしてみてください。 - 「ボディが物足りない」とき
→ 粉量を 1〜2 g 増やすか、待ち時間を少し長くしてから注ぎ始めると厚みが出やすくなります。 - 「舌触りが重たすぎる」とき
→ プランジャーを押し切らず、カップの途中までだけ注ぐ(最後の1/3は捨てる)と、 かなりクリアな印象に寄せられます。
ミルクやアレンジへの応用
ここまでのレシピで「素の姿」を一度確かめたうえで、インフューズド・コーヒーならではのアレンジも楽しめます。
- フルーツ系インフューズド × 冷たい炭酸水(スパークリングコーヒー)
- バレルエイジド × 牛乳(ロックのような感覚のミルクコーヒー)
など、香りの個性を活かした飲み方も楽しめます。ただし、まずはストレートで香りの輪郭を把握したうえで、 アレンジに進むのがおすすめです。
次の章では、本格的な生産地のプロセスとは別に、家庭で手軽に試せる「簡易インフューズ」の遊び方を紹介します。
【番外編】自宅で楽しむ簡易インフューズド体験
生産地で行われる本格的なインフューズド・コーヒーのプロセスを、そのまま家庭で再現することはできません。ただ、そのエッセンスの一部を体験する「香りの実験」なら、簡単な道具で楽しむことができます。
ここでは、当ラボが「簡易アロマ・トランスファー」と呼んでいる方法を紹介します。これはあくまでおうち実験であり、本記事で定義した意味でのインフューズド・コーヒーとは別枠の遊び方です。
用意するもの
- お好みの焙煎豆(浅煎り〜中煎りがおすすめ)
- 香り付けに使いたい素材
- 例:ドライマンゴー、ドライベリー、オレンジピール
- 例:シナモンスティック、バニラビーンズ
- しっかり密閉できるガラス瓶や保存容器
生の果物など、水分が多すぎる素材は衛生面のリスクがあるため避け、ドライフルーツやスパイスなど水分の少ないものから試すことをおすすめします。
基本のやり方
- 容器を清潔に洗い、しっかり乾かす
- 焙煎豆と香り付け素材を、だいたい 豆:素材 = 3:1 くらいの目安で一緒に入れる
- フタをしっかり閉めて、常温の暗所に 24〜48 時間ほど置く
- 時間が経ったら素材だけを取り出し、コーヒー豆をいつも通り挽いて抽出する
これだけでも、いつもの豆とは違うニュアンスが出てきます。香りの変化を楽しむ“実験”としては十分に面白い方法です。
注意しておきたいポイント
- これは表面付近に香りを移しているだけであり、生豆段階の発酵や樽熟成とはまったく別物です
- 長期間の保存には向かないため、できるだけ早めに飲み切ることを前提にしてください
- 油分の多い素材を使うと、酸化が早く進む場合があります
本格的なインフューズド・コーヒーの代替にはなりませんが、「香りを移す」という発想そのものを体験するにはちょうど良い遊び方です。
よくある質問(FAQ)
スペシャルティとして評価するのは「反則」では?
ここは価値観が分かれるところです。
- テロワールや品種本来の味わいを重視する立場からは、「スペシャルティとは別枠で楽しむべき」とする意見
- 生産者の加工技術や表現も含めて楽しむ立場からは、「新しいスペシャルティの形」とみなす意見
当ラボとしては、「インフューズドはインフューズドとして、ラベルや説明で明確に区別した上で楽しむ」のが最も健全だと考えています。どちらか一方を否定するのではなく、文脈を分けて評価するイメージです。
普通のコーヒーが物足りなくなったりしない?
強烈なフレーバーに慣れてしまうと、シンプルなコーヒーが物足りなく感じる瞬間は、正直なところあります。ただ、これは砂糖入りの飲み物に慣れたあとにブラックコーヒーへ戻るときと似た現象です。
おすすめの付き合い方は、
- インフューズドは週末や来客時のごちそう枠にする
- 普段はテロワール重視のシングルオリジンで舌を整える
といったバランスです。両方を行き来しながら飲むことで、それぞれの良さがむしろはっきり見えてきます。
保存や管理で気をつけることは?
インフューズド・コーヒーは、香りのインパクトが命です。保存の基本は、通常のスペシャルティコーヒーと同じく、
- 光を避ける
- 高温多湿を避ける
- 空気との接触を減らす
ですが、香り飛びの早さを考えると、「小分けにして早めに飲み切る」ことがより重要になってきます。
より詳しい保存の考え方については、当ラボの別記事「コーヒー豆の保存は真空容器が最強?」「コーヒー豆は『1杯分ずつ小分け冷凍』が正解」なども参考にしてみてください。
当ラボの最終見解:新たな潮流として、どう付き合うか
ここまで、インフューズド・コーヒーの定義からプロセス、賛否、そして家庭での楽しみ方まで見てきました。最後に、家淹れ珈琲研究所としての考えをまとめます。
インフューズドは「新たな潮流」と「禁断の果実」の両方
当ラボの結論として、インフューズド・コーヒーは、
- 生産者の表現の幅を広げ、新しい価値と収入源を生むという意味での「新たな潮流」
- テロワールを見えにくくし、情報の透明性が欠けた場合には業界全体の信頼を損なうという意味での「禁断の果実」
という、両義的な存在だと考えています。重要なのは、インフューズドそのものを善悪で裁くことではなく、
- どのような情報開示のもとで流通しているか
- 消費者がその背景を理解したうえで選べているか
という、透明性とリテラシーの側面です。
おすすめの付き合い方(当ラボの提案)
家庭でインフューズド・コーヒーを楽しむうえで、当ラボからの提案は次の通りです。
- まずは少量で、2タイプ飲み比べる
フルーツ系とバレル系を 1 種類ずつ、少量またはドリップバッグで試し、「自分の好みの方向性」を探るところから始める。 - ラベルと説明文をよく読む
どの素材を、どの工程で使ったかがある程度書かれている商品を選ぶ。分からない場合はロースターに問い合わせるのも一つの手です。 - テロワール系の豆と並行して楽しむ
インフューズドだけに偏らず、普通のウォッシュドやナチュラルのシングルオリジンも飲み続けることで、舌の基準を保つ。 - ギフトやイベントコーヒーとして活用する
「これ、本当にコーヒー?」という驚きは、家族や友人と共有するのにも向いています。特別な日の一杯として楽しむのも良い使い方です。
インフューズド・コーヒーは、コーヒーの世界に投げかけられた大きな問いのひとつです。その問いにどう答えるかは、最終的には一人ひとりの価値観や好みに委ねられます。
この記事が、その問いに向き合うための地図とコンパスになれば幸いです。
家庭でのコーヒー環境づくり全体を見直したい方は、コーヒー抽出の科学と理論|自宅でプロの味を再現する完全ガイド も参考になるはずです。

参考文献・参考資料
- Data Bridge Market Research (2022). “Global Coffee Infused Products Market – Industry Trends and Forecast to 2029”.
- Specialty Coffee Association (SCA). “Definitions and Best Practices”.
- World Coffee Events (WCE). “World Barista Championship Rules and Regulations”.
- Best of Panama (BOP). “Official Rules and Regulations”.
- Hoffmann, J. (2014). “The World Atlas of Coffee”. および同氏の公開抽出理論・動画コンテンツ。
- 国内外スペシャルティコーヒー専門ロースターおよび業界メディアの公開情報(インフューズド・コーヒー、コ・ファーメンテーション、バレルエイジドに関する事例・コメント)。


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