「昨日はすごく美味しく淹れられたのに、今日はなんだか薄い気がする……」
「同じ豆、同じレシピのはずなのに、苦かったり酸っぱかったり安定しない」
ここまで道具を揃え(#1)、分量を固定し(#2)、温度を決め(#3)、ミルの挽き目もセットした(#4)。
それなのに味がブレてしまうなら、原因はもう一つしかありません。
それは、「注ぎ方(Pouring)」が毎回ブレているからです。
お湯を注ぐ勢いが変われば、ドリッパーの中で粉が舞う強さ(撹拌|Agitation)が変わり、成分が出る量も変わってしまいます。つまり、レシピ通りにやっているつもりでも、注ぎ方が変わればそれは「別のレシピ」になってしまうのです。
今回のレッスン#5では、プロのような複雑なハンドリング技術を学ぶ必要はありません。
目指すのはたった一つ。
「明日から何も考えずに再現できる、あなただけの標準フォーム」を作ることです。
気分で注ぐのをやめて、物理的な「時間」と「流速」を味方につけましょう。これで、家淹れコーヒーの味は劇的に安定します。
このレッスンのゴールと、「なんとなく注ぎ」あるある
これまでのレッスンで、私たちは味を決める大きな変数を一つずつ「固定」してきました。最後の仕上げとして、最も人間味が出やすく、それゆえにブレやすい「注ぎ」を固定していきます。
毎回注ぎ方が違うと、せっかくのレシピが“別物”になってしまう
コーヒー抽出において、お湯を注ぐ勢いは、車の運転でいう「アクセル」のようなものです。
前回(#4)でせっかく「中挽き」という最適なコース設定をしたのに、アクセルの踏み方が毎回バラバラでは、ゴールタイム(=味)が揃うはずがありません。
以下のようなシチュエーション、心当たりはありませんか?
結果:薄くて酸っぱい
勢いよく注ぐと、お湯が粉の層を素早く通り抜けてしまいます(High Flow)。成分が十分に溶け出す前にサーバーに落ちてしまうため、味気ないコーヒーになりがちです。
結果:濃いけれど、渋い
慎重になりすぎてチョロチョロ注いでいると、お湯が粉に長く触れすぎます(Low Flow)。抽出時間が伸び、美味しい成分だけでなく雑味まで出てしまいます。
結果:お湯が落ちてこない
プロの真似をしてドリッパーを揺すると、微粉がフィルターの穴を塞いでしまうことがあります(Clogging)。抽出が止まってしまい、重たくて渋い味の原因になります。
このように、その日の気分や状況で注ぎ方が変わると、結果として「抽出される成分の量」が変わってしまいます。まずは「なんとなく注ぐ」のをやめることが、脱・初心者への第一歩です。
レッスン #5 のゴールは「マイ定番・注ぎフォーム」を1つ決めること
では、どうすればいいのでしょうか? 答えはシンプルです。「のの字」や「土手」といった曖昧なイメージではなく、数値で管理できる「自分の型(フォーム)」を一つ決めてしまえばいいのです。
このレッスンでは、以下の3ステップでフォームを固めます。
- Step 1:自分に合う「注ぎのスタイル」(連続注ぎ or 分割注ぎ)を選ぶ。
- Step 2:そのスタイルでの「目標タイム(例:2分30秒)」を決める。
- Step 3:飽きるまで浮気せず、そのフォームを繰り返して体に覚えさせる。
難しいことはありません。これから紹介する2つのパターンのうち、自分に合いそうな方を選んで、まずはそれだけを続けてみてください。「今日はA、明日はB」と変えるのではなく、「飽きるまで同じパターンで淹れる」ことこそが、家淹れ上達の最短ルートです。
抽出時間ってなに?なぜそこまで大事なの?
そもそも、なぜ「時間」を測るのでしょうか?
抽出時間とは、シンプルに言えば「お湯がコーヒー粉と触れ合っていた時間の長さ」です。この長さによって、コーヒーから溶け出す成分の種類と量が変わります。
ここでの前提条件を再確認しましょう。
- 豆の量:15g
- お湯の量:240g(1:16)
- 挽き目:中挽き(レッスン#4で決めた基準)
- お湯の温度:90℃〜93℃
この条件で淹れる場合、家淹れ珈琲研究所が推奨するターゲットタイム(安全地帯)は以下の通りです。
抽出時間=「粉とお湯がふれ合っている時間」の目安
目指すべきは、最初の一滴を注いでから、ドリッパーからお湯が落ちきるまでの時間が「2分30秒 〜 3分00秒」に収まることです。
これはSCAA(スペシャルティコーヒー協会)のカッピング基準や、多くの世界チャンピオンのレシピでも共通して見られる、失敗の少ない「スイートスポット」です。
もちろん豆の種類によってベストな時間は変わりますが、初心者のうちはこの「2分半〜3分」の枠内に収めることを目標にすれば、極端に不味いコーヒーになる確率をグッと減らせます。
時間が短すぎるとどうなる?長すぎるとどうなる?
なぜこの範囲が良いのか、枠を外れたときに何が起きているのかを知っておきましょう。
時間が短すぎる場合(2分未満)
お湯が粉の層を素早く通り過ぎてしまい、美味しい成分が十分に溶け出していません(未抽出|Under-Extraction)。
- 味の特徴: ツンとする酸味、塩気、水っぽい、飲んだ後の余韻がない。
- 原因: 注ぐスピードが速すぎる、または挽き目が粗すぎる。
時間が長すぎる場合(3分30秒以上)
美味しい成分が出きった後も、お湯が粉に触れ続けています。出がらしから余計な成分まで絞り出している状態です(過抽出|Over-Extraction)。
- 味の特徴: 舌に残る渋み、イガイガする、焦げたような苦味、重たい。
- 原因: 注ぐスピードが遅すぎる、挽き目が細かすぎる、または微粉で詰まっている。
抽出時間は、“挽き目+注ぎ方”の合成結果
抽出時間を決める要因は一つではありません。「挽き目」と「注ぎ方」の掛け算で決まります。
- ⚙️ 挽き目(レッスン#4): 時間の大枠を決める
(粗ければ早い、細かければ遅い) - 💧 注ぎ方(レッスン#5): 時間の微調整をする
(速く注げば短縮、ゆっくり注げば延長)
もし、あなたが「注ぎ方」を毎回変えてしまったら、前回苦労して決めた「挽き目」の調整も無意味になってしまいます。
だからこそ、「注ぎ方」をどれか一つに固定(フォーム化)する必要があるのです。
次章から、いよいよ実践編です。あなたに合った「標準フォーム」を一緒に作りましょう。
Step1|1杯分の「基準パターン」を1つ決めよう(A or B)
注ぎ方を固定するために、家淹れ珈琲研究所では初心者でも再現しやすい2つのスタイルを用意しました。
どちらが正解ということはありません。あなたの性格や、持っているケトルの種類に合わせて、「これなら続けられそう」と思う方を一つだけ選んでください。
パターン A:連続注ぎ Continuous
ずっと細く注ぎ続けるスタイル
こんな人におすすめ:- 軽量ケトル(Hario AIRなど)を持っている
- せっかちで、じっと待つのが苦手
- 温度低下を防いで熱々を飲みたい
- 0:00 〜 0:30
- 蒸らし:40g注いで30秒待つ。
- 0:30 〜 2:00目標
- 本注ぎ:中心から「のの字」を描きながら、細く、途切れさせずに注ぎ続ける。
ドリッパー内の水位を一定(半分くらい)に保つイメージで。 - 2:00
- 合計240gになったらストップ。
- 〜 2:45前後
- 落ちきったら完成。
メリット: 常に新しいお湯が供給されるため、抽出温度が高く保たれ、フレーバーが明確に出やすい傾向があります。
パターン B:分割注ぎ Pulse Pour
2回に分けて注ぐスタイル
こんな人におすすめ:- 重たいステンレスケトルを使っている
- 慎重派で、数値を確認しながら進めたい
- 「4:6メソッド」などの理論に興味がある
- 0:00 〜 0:30
- 蒸らし:40g注いで30秒待つ。
- 0:30 〜 1:00
- 1投目:合計120gまで注ぐ。
→ 一旦手を止めて待つ。 - 1:10 〜 1:40
- 2投目:水が少し減ったら再開。合計240gまで注ぎ切る。
- 〜 3:00前後
- 落ちきったら完成。
メリット: 一度手を止めるため、スケールやタイマーを確認する余裕が生まれます。「水位が下がったら次」という合図が視覚的に分かりやすいのも特徴です。
どちらか1つを“しばらく固定”するのがレッスン #5 の宿題
繰り返しになりますが、「今日はA、明日はB」と浮気しないことが最も重要です。
まずは選んだパターンを最低10回(約1週間分)は続けてみてください。「何も考えずに手が勝手に動く」状態になって初めて、味の微調整が可能になります。
もし、あなたがまだ重たいドリップポットを使っていて「腕がプルプルして安定しない」と悩んでいるなら、パターンA向けとして紹介した「Hario V60 ドリップケトル エアー」を試してみてください。
実勢価格1,500円程度と安価ですが、透明で湯量が見え、驚くほど軽量なので「注ぎの練習」には最適です。プロも練習用や旅行用に愛用している隠れた名品です。
Step2|スケールとタイマーで「流速(g/s)」をざっくり感じてみる
注ぎ方を安定させるための最強の武器、それが「流速(Flow Rate)」という考え方です。
難しく考える必要はありません。流速とは、「1秒間に何グラムのお湯を注いでいるか」というスピードのことです。
流速(g/s)とは? 計算してみよう
最近では「Timemore Black Mirror Basic+」など、リアルタイムで流速を表示してくれるスマートスケールも人気ですが、普通のキッチンスケールでも頭の中でざっくり計算できます。
30秒間で、合計90g〜100g注いだ。
→ 90 ÷ 30 = 約 3.0 g/s
この「3g/s 〜 4g/s」というスピードが、家淹れ珈琲研究所が初心者に推奨する黄金ゾーンです。これより早いか遅いかで、ドリッパーの中で起きている物理現象が変わります。
流速が早い/遅いと、何が変わる?
お湯の太さと勢いをイメージしてみてください。
見た目: 糸のように細く、たまにポタポタと途切れる。
現象: 撹拌が弱く、粉が動かない。抽出に時間がかかりすぎるリスクあり。
見た目: 鉛筆の芯くらいの太さ。水面が静かに波立つ。
現象: 適度な撹拌が起き、粉全体から均一に成分が溶け出す。
見た目: 蛇口をひねったような勢い。水面がバシャバシャする。
現象: 撹拌が強すぎて微粉が舞い、フィルターが詰まる原因になる(Clogging)。
Step3|目標時間からズレたときに、注ぎ方でどう微調整するか
さあ、実際に「パターンA」または「パターンB」で淹れてみましょう。
最初のうちは、目標の「2分半〜3分」に収まらないこともあるはずです。そんな時、どう修正すればよいか。具体的なアクションプランをお渡しします。
「2分で落ちきってしまった…」ときは?
次回のアクション:ブレーキをかける
- パターンAの人: お湯の線をもう少し細くする意識を持つ(3g/sを目指す)。
- パターンBの人: 1投目と2投目の間の「待ち時間」を5秒〜10秒長くする。
- それでもダメなら: ここで初めて、ミル(#4)の設定を「1クリック細かく」する。
「4分近くかかってしまった…」ときは?
次回のアクション:アクセルを踏む(ただし優しく)
- 共通の対策: 後半の注ぎが強すぎませんか? 後半にバシャバシャ注ぐと、舞い上がった微粉が沈殿してフィルターの底を塞いでしまいます(Avalanche Effectの逆効果)。
- 注ぎ方: 後半ほど、そっと静かに中心に注ぐ意識を持つ。
- それでもダメなら: ミル(#4)の設定を「1クリック粗く」する。
大きくズレているときは“挽き目”、微妙なズレは“注ぎ方”で直す
最後に、調整の優先順位を整理しておきましょう。これが分かれば、迷う時間は激減します。
-
1. 大きなズレ(30秒以上)
→ 挽き目(#4) で直す。
例:2分未満、4分以上かかる場合は、注ぎ方だけでは修正不可能です。 -
2. 微妙なズレ(10〜20秒前後)
→ 注ぎ方(#5) で直す。
例:2分15秒だったから、次はもう少しゆっくり注ごう。
この「切り分け」ができるようになることこそが、本レッスンの真のゴールです。
よくあるギモンQ&A|のの字・かき混ぜ・最後の一滴…どうすれば?
最後に、ネットやSNSでよく見かける情報の「どっちが正解?」について、家淹れ珈琲研究所としての見解をまとめておきます。
結論から言うと、どちらでもOKですが、初心者は「小さな円」を描くのが無難です。
最近のトレンド(April Coffeeなどの焙煎所)では、撹拌を均一にするために「センター注湯(真ん中一点)」を推奨するケースも増えています。しかし、これには非常に精密なケトルコントロールが必要です。
初心者が一点に注ぐと、そこだけ穴が空いてお湯が抜けてしまう(チャネリング)リスクがあります。まずは「500円玉くらいの小さな円」を描く方が、粉全体にお湯が行き渡りやすく失敗が少ないでしょう。
ワールドバリスタチャンピオンのJames Hoffmann氏などは、抽出効率を上げるために「スワリング(揺すり)」を推奨しています。
しかし、レッスン#5の段階では「触らない(揺すらない)」ことを強くおすすめします。
慣れていない人が揺すると、微粉がフィルターの底に集まって詰まり(Clogging)、抽出時間が極端に伸びて渋くなる原因になります。まずは「お湯の力だけ」で抽出できるようになってから、応用テクニックとして取り入れましょう。
基本は「落ちきり」まで待つで大丈夫です。
「最後の数滴には雑味が含まれる」というのは昔ながらの喫茶店の教えとして有名ですが、スペシャルティコーヒーのような良質な豆を使い、適正な時間(3分以内)で抽出している限り、最後の一滴まで美味しい成分が含まれています。
もし味が重たいと感じるなら、途中で外すのもアリですが、「毎回同じタイミング(例:2分45秒)で外す」というルールを決めないと味がブレる原因になります。
もっと深く知りたくなった人へ|抽出時間・理論の“研究ノート”案内
今回のレッスンでは「とりあえずこうすれば安定する」という実践論に絞りましたが、その裏側にある「なぜ?」をもっと深く知りたい理系脳のあなたへ、おすすめの研究ノートを紹介します。
今日から明日までのミッションは、この2つだけです。
- ✅ パターンA(連続)かB(分割)を決めて、1週間続けること。
- ✅ スケールで時間を計り、「流速」を意識しながら淹れること。
道具・分量・温度・挽き目・そして注ぎ方。
これで、美味しいコーヒーを淹れるための「5つの武器」がすべて揃いました。
次回はいよいよシリーズ最終回。
これら全ての武器を統合し、「酸っぱい」「苦い」を一撃で解決する『味のトラブル診断マップ』を完成させます。
本記事の制作にあたり、以下の専門機関の規格およびトップバリスタの公開メソッドを参照しています。
-
Specialty Coffee Association (SCA)
抽出のゴールデンカップ基準および推奨抽出時間(接触時間)の定義について参照。
SCA Coffee Standards -
James Hoffmann (World Barista Champion 2007)
「パターンA(連続注ぎ)」の基礎理論、および撹拌(Agitation)のリスクと効果について参照。
The Ultimate V60 Technique (Video) -
Tetsu Kasuya (World Brewers Cup Champion 2016)
「パターンB(分割注ぎ)」における、4:6メソッドの概念と湯量配分の考え方を参照。
HARIO Official: V60 Transmission (4:6 Method) -
Jonathan Gagné (Astrophysicist / Coffee Ad Astra)
ドリッパー内の物理現象、特に「流速」と「バイパス(お湯の抜け)」に関する科学的考察を参照。
The Physics of Kettle Streams -
April Coffee Roasters (Copenhagen)
Q&Aで言及した「センター注湯」等の最新トレンド、焙煎度合いと注ぎ方の関係について参照。
April Brewing Guide


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