「昨日と同じ豆、同じ淹れ方のはずなのに、今日はなんだか酸っぱい気がする……」
「せっかく奮発して買った豆なのに、苦すぎて飲みきれない……」
ここまでレッスン#1〜#5を進めてきて、道具も揃い、自分なりのフォームが固まってきたあなたでも、こんな経験はないでしょうか。
正直に告白すると、私もコーヒーを始めたばかりの頃はそうでした。「酸っぱいのはこの豆が自分に合わないせいだ」と決めつけ、飲みきらないまま新しい豆を買い漁り、キッチンには使いかけの豆袋が山のように積まれていく……。そんな「豆の放浪者」だった時期があります。
でも実は、それは豆のせいでも、あなたのセンスがないせいでもありません。
ただ、「味を修正する手順」を知らなかっただけなのです。
多くの人がやってしまいがちなのが、「酸っぱいから粉を増やして、お湯の温度も上げて、挽き目も変えてみよう」という“全部盛り”の調整です。実はこれが、あなたを「味の迷路」へと誘い込む最大の罠。
今回のレッスン#6は、これまでに整えたフォームを実戦で使いこなすための総まとめ回。
あなたの目の前にある「酸っぱい」「苦い」「薄い」という具体的な悩みを、「たった1本のレバー」を動かすだけで解決するための、シンプルな「診断マップ」をお渡しします。
今日から、コーヒー抽出は「ギャンブル」ではなく、狙って味を作る「実験」に変わります。
このレッスンのゴールと、「全部いじって迷子」問題
酸っぱい・苦い・薄い…その場の思いつきで全部変えていませんか?
コーヒーの抽出は、科学的な「実験」と非常によく似ています。
もしあなたが理科の実験で「植物の成長速度」を調べるとしましょう。「日光の量」と「水の量」と「肥料の種類」を同時に全部変えてしまったら、どうなるでしょうか?
植物が枯れたとしても、何が原因で枯れたのか、誰にも分かりません。
コーヒー抽出もこれと全く同じです。
- 「酸っぱいから、粉を増やして(濃度UP)」
- 「しっかり成分を出したいから、お湯も熱くして(抽出効率UP)」
- 「ついでに挽き目も細かくしてみよう(表面積UP)」
この「全部盛り調整」をやると、運良く美味しくなることもありますが、大抵は過剰に成分が出すぎて「次は苦すぎる!」という事態に陥ります。
そして何より辛いのは、「結局、どれが効いたのか分からない」ため、次回にその経験を活かせないことです。
粉量・温度・挽き目を
同時にガシャガシャ!
→ 原因不明の迷子に
動かすのは
「挽き目」だけ
→ 変化がハッキリ分かる!
レッスン #6 のゴールは“レバー1本ずつ”の癖をつけること
このレッスンで目指すゴールは、味に悩みが出たときに、「まずはこのレバーだけ動かしてみよう」と冷静に判断できるようになることです。
具体的には、以下の3ステップで進めます。
- 自分の悩みタイプ(酸っぱい/苦い/薄い/ぼんやり)を特定する
- 悩みタイプに応じた「最初に動かすべきレバー」を知る
- 1本だけ動かして、結果を検証する
「味の悩み」と「試すべき順番」がセットで頭に浮かぶようになれば、あなたはもう初心者卒業です。
それでは、具体的な診断マップの使い方を見ていきましょう。
味トラブル診断マップの使い方(共通ルール)
Step0|フォームがそろっている前提(レッスン #1〜#5 の復習)
診断を始める前に、一つだけ確認させてください。この診断マップは、レッスン#1〜#5で構築した「基本フォーム」がある程度できていることを前提としています。
- 分量:1:16(粉15g:お湯240gなど)を測っている(#2)
- 温度:毎回同じ温度で淹れている(#3)
- 挽き目:自分の「基準ポジション」からスタートしている(#4)
- 注ぎ:時間を測りながら、ある程度一定に注いでいる(#5)
各フォームの詳しい解説は、以下の初心者レッスンにまとめています。
- 初心者レッスン #1|まず揃えたい道具と「最初の1杯レシピ」
- 初心者レッスン #2|1:16の黄金比で、毎回ほぼ同じ味にする分量レッスン
- 初心者レッスン #3|お湯の温度で味の明るさと甘さをコントロールする
- 初心者レッスン #4|自分の「基準挽き目」を決めるためのステップ
- 初心者レッスン #5|注ぎ方と抽出時間をそろえるフォームづくり
もし「今日はお湯の量が適当だったかも」「蒸らし時間を忘れてた」という場合は、味のブレの原因はレバー操作以前にあります。まずは基本に戻って、丁寧に淹れ直すところから始めましょう。
共通ルール①|1回の抽出で動かすレバーは“1本だけ”
先ほどもお伝えした通り、鉄の掟は「1回の抽出につき、動かす変数は1つ」です。
基本の優先順位は以下の通りです。
- 抽出時間(注ぎ): お湯を注ぐペースだけで修正できる一番手軽な方法。
- 挽き目(粒度): 最も効果がわかりやすく、再現性が高い本丸レバー。初心者はここをメインにいじります。
- 湯温: 味の傾向(明るさ・丸み)を微調整する仕上げのレバー。
共通ルール②|変えた内容と味の感想を一言メモする
「挽き目を13クリックに変えたら酸味が消えて甘くなった!」
この発見を、頭の中だけで終わらせず、ぜひスマホのメモに残してください。これがあなただけの「最強のレシピ帳」になります。
今日のコーヒーの味は? 気になる悩みを選んでください。
なんだか刺すような刺激がある。
味が薄くて水っぽい。
舌がイガイガする。
焦げたような味が残る。
コーヒーらしくはあるけど、
パンチがない。
何が悪いか分からないけど、
とにかく美味しくない。
Case1|「酸っぱい」ときの診断マップ
最も多い悩みがこの「酸っぱい」です。
まず知っておいてほしいのは、コーヒーには「良い酸味(Acidity)」と「悪い酸味(Sourness)」があるということ。
フルーツのような爽やかな酸味なら大成功ですが、「頬の内側がキュッとなる刺激」や「いつまでも舌に残る嫌な酸っぱさ」を感じたら、それは「未抽出(Underextraction)」のサインです。
つまり、お湯が粉の成分を十分に引き出しきれずに終わってしまった状態です。
日本の水道水は世界的に見ても軟水です。軟水は成分が出やすい反面、酸味(酸)を中和する緩衝作用が弱いため、酸味がダイレクトに感じられやすい傾向があります。だからこそ、しっかりと「甘さ」を引き出して酸味を包み込んであげる調整が重要になります。
Step1|抽出時間が短すぎないかチェック(まず“時間”を見る)
まずはタイマーを見てください。
1杯分(粉15g・お湯240g程度)の抽出で、2分前後、あるいはそれより早くお湯が落ちきっていませんか?
お湯が粉を通過するスピードが速すぎると、美味しい成分が溶け出す前に抽出が終わってしまいます。これが「未抽出」の典型的なパターンです。
【対応】
いつもの注ぎ方より、意識して「ゆっくり、細く」注いでみてください。
お湯と粉が触れている時間を稼ぐことで、より多くの成分を引き出せます。目標タイムは2分30秒〜3分です。
Step2|まだ酸っぱいなら、“挽き目を1段階だけ細かく”
時間をかけても酸っぱさが消えない、または「これ以上ゆっくり注げないよ」という場合。
ここが本丸です。グラインダーのダイヤルを「細かく(Fine)」動かします。
粉を細かくすると、お湯に触れる表面積が増え、成分が溶け出しやすくなります。また、粉の層でお湯の流れがブレーキされ、自然と抽出時間も伸びます。一石二鳥の効果があるため、「酸っぱい=細かくする」と覚えてしまってOKです。
【具体例:Timemore C3の場合】
現在14クリックなら → 13クリックへ。
たった1クリックで劇的に甘さが出てくることがあります。
Step3|それでも物足りなければ、“温度を少しだけ上げてみる”
挽き目も調整したけれど、まだ何か物足りない。特に浅煎りの豆で「もう少し華やかさが欲しい」と感じる場合。
最後にお湯の温度を上げてみましょう。
温度が高いほど、化学反応が活発になり抽出効率が上がります。90℃で淹れているなら、92℃〜93℃を試してみてください。
まだ“イヤな酸っぱさ”が残るときは…
ここまでやっても「美味しくない酸っぱさ」が消えない場合、原因は抽出フォームではなく「豆そのもの」にある可能性が高いです。
- 焙煎から日が浅すぎる(ガスが多くてお湯が浸透しない)
- そもそも「超浅煎り」で、酸味特化の豆だった
このあたりの「豆の要因」については、次のブロック(レッスン#7)で詳しく解説します。
▶ 浅煎りコーヒーが酸っぱい原因と対策(密度・HBL式レシピ) 浅煎り豆で「どうしても酸っぱくなりがち」なときに、豆の特性とレシピの両面からアプローチする中級者向けガイドです。Case2|「苦い」「重たい」ときの診断マップ
次に、「苦い」「渋い」「飲んだ後に口が渇く感じがする」という悩みです。
コーヒーにはビターチョコレートのような「良質な苦味(Bitterness)」がありますが、喉にイガイガと引っかかるような苦味は「過抽出(Overextraction)」のサインです。
これは、お湯が粉から成分を出しすぎてしまい、本来出すべきではない「雑味成分」まで溶け出してしまった状態です。
Step1|抽出時間が長すぎないかチェック
タイマーを見て、3分30秒〜4分以上かかっていませんか?
時間がかかりすぎているということは、お湯が粉の層に長時間滞在し、成分が出すぎている可能性が高いです。
【対応】
注ぎのペースを少し速めるか、注ぐお湯を少し太くして、お湯の通りを良くしましょう。
Step2|まだ重たいなら、“挽き目を1段階だけ粗く”
抽出時間を短くしようとしても、お湯がなかなか落ちていかない場合。あるいは、時間は適正なのに味が重たい場合。
ここでレバーを動かします。挽き目を「粗く(Coarse)」してください。
粉を粗くすると、お湯の通り道が広がり、過剰な抽出が抑えられます。微粉によるフィルターの目詰まりも解消されるため、後味がスッとクリアになります。
【具体例:Timemore C3の場合】
現在15クリックなら → 16〜17クリックへ。
「酸っぱい」ときは1クリックずつ慎重に動かしますが、「苦い」ときは大胆に2クリックほど粗くしてもOKです。
Step3|分量(1:16)を見直し、“1:17方向”に薄めてみる
「苦くはないけど、味が濃すぎて疲れる」という場合。
これは過抽出ではなく、単純に濃度(TDS)が高いだけかもしれません。
【対応】
粉の量は変えず、注ぐお湯の量を増やして調整します。
例:粉15g / お湯240g(1:16) → お湯255g(1:17)へ。
または、出来上がったコーヒーに少量のお湯を足す「バイパス」という方法も、プロがよく使う有効な手段です。
“焦げっぽい苦さ”のときは、温度を1〜2段階下げる
もし深煎りの豆を使っていて「焦げ臭い」「煙っぽい」と感じるなら、温度が高すぎます。
90℃以上で淹れているなら、83℃〜88℃くらいまで下げてみてください。 苦味が丸くなり、甘みが顔を出します。
Case3|「薄い」「ぼんやりする」ときの診断マップ
「コーヒーらしくはあるけど、なんだか水っぽい」「パンチがない」
この悩みには、大きく分けて2つのパターンがあります。
- 成分が出ていなくて薄い(未抽出の薄さ)= 酸っぱい寄り
- お湯が多すぎて薄い(濃度の薄さ)
自分の「薄い」がどちらなのか、下のマトリクスで確認してみてください。
酸っぱい かなり攻めた浅煎りゾーン
苦い 深煎り+過抽出気味
酸っぱい 味がすぐ消える薄さ
→ 挽き目を細かく
苦い レアケースの薄さ
→ 粉量・比率を見直す
Step1|分量(1:16)から外れていないかチェック
まずは基本の確認です。粉15gに対してお湯300g(1:20)などを注いでいませんか?
もし1:16を守っているのに薄いと感じるなら、「1:15(粉15g:お湯225g)」くらいまでお湯を減らして、濃度を上げてみましょう。
Step2|挽き目を少し細かくして、抽出時間を伸ばす
実は「薄い」と感じる原因の多くは、「挽き目が粗すぎて、お湯が素通りしている(未抽出)」ことです。
この場合、味は「薄くて、酸っぱい」傾向になります。
【対応】
挽き目を1〜2クリック細かくしてください。お湯の滞在時間が延び、しっかりとした成分(ボディ感)が出てきます。
Step3|温度を少しだけ上げてみる
「ぼんやりしている」「キレがない」という場合、温度を上げることで輪郭がハッキリすることがあります。
特に中煎り〜浅煎りでは、高温抽出の方が豆のポテンシャルを引き出しやすいです。
Case4|「何が悪いのか分からない」ときの“総点検ルート”
「酸っぱい気もするし、苦い気もする……」
「色々いじりすぎて、何が正解か分からなくなった」
そんな時は、一度立ち止まりましょう。抽出テクニック(レバー操作)以前の問題で、味が崩れている可能性があります。
以下のチェックリストを使って、足元を総点検してください。
それでもモヤモヤするなら、“中級編”への入り口です
もし、これらのチェックリストもクリアしているのに味が決まらない場合、あなたはもう「初心者」の枠を超えようとしているのかもしれません。
より深い理論(過抽出・未抽出の科学や、TDS・収率の関係)を知ることで、霧が晴れるように理解できることがあります。
味トラブルを「検証ごっこ」に変えるための記録テンプレ
最後に、あなたがこれから毎日コーヒーを淹れるたびに、確実に上達していくためのツールをお渡しします。
それが「3行検証ノート」です。
「今日のコーヒーは不味かった」という感想で終わらせてはいけません。
「挽き目14だと酸っぱかった。次は13にしよう」というデータに変えるのです。失敗したデータこそが、明日の美味しい一杯を作る材料になります。
スマホのメモ帳でも、ノートの切れ端でも構いません。以下のテンプレートを真似して書いてみてください。
この「NEXT ACTION(次回の仮説)」を書くことさえできれば、あなたのコーヒーライフは迷子になりません。
明日はその仮説を検証するだけ。それはもう、ただのルーティンではなく楽しい実験です。
まとめ|レッスン #6 の宿題
全6回にわたる「初心者レッスン:フォーム構築編」、お疲れ様でした!
#1で道具を揃えたときから比べて、あなたの手元には確かな技術と知識が積み重なっているはずです。
今回の宿題は、とてもシンプルです。
📝 今日の宿題
自分の「悩みタイプ」と「最初に動かすレバー」を決めてください。
例:「自分は酸っぱくなりやすいから、まず挽き目を細かくするタイプだ!」
次のステージは「素材」の世界へ
フォームが整い、味の調整もできるようになったあなた。次はいよいよ、コーヒーの味の8割を決めると言われる「素材(豆・水・保存)」の世界へ進みます。
どんなに淹れ方が上手くても、豆が古かったり、保存方法が間違っていては台無しです。
次回の「Cブロック」では、美味しい豆の選び方や、プロも実践する最強の冷凍保存術について解説します。
それでは、良いコーヒーライフを!
📚 参考文献・リソース(Evidence & References)
本記事の診断マップおよび抽出理論は、以下の公的規格および科学論文・専門書をベースに、日本の家庭環境(軟水・ペーパードリップ)に合わせて調整・構成しています。
一次情報・公的規格
- Specialty Coffee Association (SCA). Coffee Standards & Brewing Handbook.
抽出濃度(TDS 1.15–1.35%)や抽出率(18–22%)など、いわゆる「ゴールデンカップ」の基準値と推奨条件(水質・温度・時間)を確認するために参照。
科学論文・専門書・プロ向けリソース
- Lockhart, E. E. (1957). “The Soluble Solids in Beverage Coffee as an Index to Cup Quality”. Coffee Brewing Institute.
コーヒー抽出の濃度・収率とカップ品質の関係を定量評価した古典的研究。本記事における「未抽出/過抽出」の考え方の土台として参照。 - Batali, M. E., et al. (2020). “Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip-brewed coffee.” Scientific Reports, 10, 17938.
ドリップコーヒーにおける抽出温度と風味プロファイルの関係を実験的に検証した論文。温度調整セクションで述べた「温度はあくまで仕上げのレバー」という考え方の裏付けとして参照。 - Illy, A., & Viani, R. (2005). “Espresso Coffee: The Science of Quality” (2nd ed.).
抽出温度・粉砕度・接触時間など、抽出パラメータと溶出成分の関係に関する基礎知識を補強する目的で参照。 - Rao, S. (2016). “Everything but Espresso”.
ハンドドリップにおける流速管理、チャネリング対策、挽き目調整など、実践的な抽出手順の参考として参照。 - Perger, M. (2014). “The Coffee Compass”. Barista Hustle.
味の変化を「酸っぱい/苦い」「濃い/薄い」の2軸で整理したコンパス。本記事の「味トラブル診断マップ」を設計する際の参考モデルとして参照。


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