エスプレッソが苦いのは失敗じゃない?「旨い苦味」と「渋み(チャネリング)」の違いと対策

当ラボより:本記事は、当ラボが所有する家庭用マシン(De’Longhi Dedica EC680/EC885、Breville Barista Express)での検証メモをもとに構成しています。紹介する製品リンクにはアフィリエイトが含まれる場合がありますが、結論は「味づくりの再現性」を軸に整理します。

この記事でわかること
  • 「苦味」と「渋み」を、感覚(味覚/触覚)で切り分けるコツ
  • 深煎りで“苦さが暴れる”理由(焙煎での成分変化のざっくり地図)
  • 家庭用マシンで渋みを増やしやすい「圧・時間」の落とし穴と回避策
  • 濃いドリップ派が「ガツン」を残しつつ雑味を減らす温度と注ぎの考え方

せっかく思い切ってエスプレッソマシンを買ったのに、自宅で淹れた一杯が「カフェの味」にならない。そんな経験はありませんか?

もしカップに落ちてきたのが、喉に張り付くようなイガイガ感や、舌を刺すような焦げた刺激だったとしても、必要以上に自分を責めなくて大丈夫です。

当ラボの結論はシンプルで、原因の多くは 「苦味(Bitterness)」と「渋み(Astringency)」の混同にあります。ここを分けて理解できると、調整すべき変数が一気に絞れます。

【図解】敵を知る:あなたのコーヒーはどっち?
苦味 (Bitterness)
  • 感覚:舌の味蕾で感じる「味覚」
  • 例え:ダークチョコ、ゴーヤ、IPA
  • 特徴:立体感や輪郭を作る“攻めの成分”になり得る
  • 判定:「濃いけど、飲み込める」
渋み (Astringency)
  • 感覚:口内粘膜で感じる「触覚」
  • 例え:渋柿、赤ワインのタンニン
  • 特徴:キシキシする乾燥感(唾液の潤滑が失われる)
  • 判定:「水を飲みたくなる」

※「苦い」と感じている正体が、実は渋み(過抽出・チャネリングのサイン)であるケースはとても多いです。

目次

苦味の科学的解剖(なぜ深煎りは苦いのか)

コーヒーの苦味は単一の成分ではなく、焙煎の進行で「形を変えた」複数の成分の総和として立ち上がります。ここを“ざっくり地図”として押さえると、狙う味のポイントが見えます。

1. クロロゲン酸ラクトン(丸い苦味)

焙煎初期〜中期でクロロゲン酸が変化すると、クロロゲン酸ラクトン(CGLs)が増えやすくなります。これは「丸みのある苦味」として働き、適度な刺激とボディ感に寄与します。

2. フェニルインダン(鋭い苦味になりやすい側)

焙煎がさらに進むと、ラクトンは分解され、フェニルインダンが増えやすい領域に入ります。深煎りで抽出を外すと、ここが“刺さる苦さ”として前に出やすくなります。

焙煎度と苦味成分の推移(ざっくり目安)
浅煎り (Light)
クロロゲン酸(酸味側)
ラクトン(丸い苦味)
フェニルインダン
中煎り (Medium)
クロロゲン酸
ラクトン(ピーク帯)
フェニルインダン
深煎り (Dark)
クロロゲン酸
ラクトン
フェニルインダン(増えやすい)
▲ 深煎りほど「抽出を外したときの不快感」が出やすいので、物理(圧・流れ)で守るのがコツです。

要するに、狙いは 「丸い苦味は引き出しつつ、刺さる側が暴れないように“物理で守る”」 です。

エスプレッソの「9気圧神話」を疑え

「エスプレッソは9気圧が正解」という言い回しは便利ですが、家庭用マシンの現実(粉・バスケット・流れの安定性)を考えると、圧に固執するほど渋みが出やすい状況があります。

高圧が引き起こす「チャネリング」の悲劇

圧が強いほど粉は押し固まり、弱い部分に水が集中しやすくなります。これがチャネリング(偏流)です。

一部は過抽出、別の部分は未抽出という“同時多発事故”になるので、味は「酸っぱいのに焦げ臭い」みたいに混乱しやすくなります。

救世主「ターボショット」の実践レシピ

マシン改造なしで圧の暴れを抑える一番シンプルな手は、挽き目を粗くして流れを作ることです。

近年注目されるターボショットは、「細挽き・30秒固定」から一度離れて、粗め+短時間でチャネリングを抑え、甘さと香りを出しやすくする考え方です。

家淹れ式「ターボショット」基本レシピ(目安)
01. Dose(粉量)
16g 〜 18g

バスケットに余裕を残すと流れが安定しやすいです。

02. Grind(挽き目)
中細挽き(通常より粗め)

目安は「塩〜グラニュー糖の間」くらい。

03. Ratio(比率)
1 : 2.5 〜 1 : 3

粉18gなら、液体45g〜54gが目標。

04. Time(時間)
12秒 〜 19秒

30秒固定を一度外して、まず“渋みが消える側”へ寄せます。

味の出方:
ボディは軽くなりやすい一方で、刺さる渋みが減って、甘さ・香りが前に出やすいです。「飲みやすい濃度帯」に寄せる作戦として相性がいいです。

機種別:今日からできる実践テクニック

  • De’Longhi Dedica(EC680/EC885)
    できれば抽出の状態が観察しやすいボトムレス(または状態が見える構成)に寄せると、チャネリング原因の切り分けが速くなります。挽き目は少し大胆に粗くし、タンピングは「水平を作る」目的に寄せると再現しやすいです。
  • Breville Barista Express
    低圧のプレインフュージョン(蒸らし)を長めに使うと、最初の崩れが起きにくい場合があります。まずは“流れを安定させる”方向で試してみてください。

1枚の紙が世界を変える:ペーパーフィルター・サンドイッチ法

「ターボはまだ怖い」「現状の挽き目のまま、雑味だけ減らしたい」なら、ペーパーフィルターで微粉の悪さを抑える方法が候補になります。

バスケット底(または上下)にフィルターを敷くと、微粉が穴を塞ぎにくくなり、偏流や過抽出が出にくい方向に働くことがあります。

濃いドリップ派のための「83℃の考え方」

濃い=苦い、になりやすいときは、粉量や時間をいじる前に温度が効くことがあります。

なぜ「83℃」が効くことがあるのか

温度が高いほど溶けやすい成分が増えるので、深煎りでは「前半の美味しい成分」だけでなく「後半に出やすい重たい成分」まで引っ張りやすくなります。

そこで一つの作戦として、湯温を下げて“引っ張りすぎ”を抑え、抽出の後半を早めに切り上げると、渋みが減る方向に働く場合があります。

【深煎り豆】湯温による出方の違い(目安)
90℃
以上

過抽出に寄りやすい帯

香りは立ちますが、刺さる苦さ・渋みが出やすい条件にも入りやすいです。

83℃
前後

★ バランスを取りやすい帯

“後半の重たい成分”を引っ張りすぎない目的で効くことがあります。

75℃
以下

未抽出に寄りやすい帯

スッキリはしますが、濃厚さ(満足度)が落ちやすいです。

「ケチらない」ことが濃厚さへの近道

湯温を下げると薄く感じやすいので、戦略はこうです。

粉を少し増やして、“美味しいところだけ”を短めに取る。

時間で絞り取るほど後半は渋みが出やすいので、粉量を1.2〜1.5倍にして、抽出は早めに切り上げる方が、結果の満足度が高いことが多いです。

静かに淹れる勇気:点滴抽出と「低撹拌」

深煎りでの事故率を下げる物理として、撹拌(Agitation)を抑えるのはかなり重要です。

高い位置から勢いよく注ぐと粉が動き、微粉がフィルターに詰まり、抽出が伸びて渋みが出やすくなります。家庭では「低い位置から、細く、静かに」を意識すると安定します。

トラブルシューティング・マトリクス(味の診断)

症状から原因と対策を引けるように、当ラボの“現場向け”診断をまとめました。次回はパラメータを1つだけ変えるのがコツです。

CASE 01🌵

口が乾く・喉がイガイガ・舌がザラつく

診断:渋み(偏流・微粉詰まりのサイン)
狙い:流れを均一にして“事故”を減らす
  • 挽き目を少し粗くする
  • WDT等で粉をほぐす
  • ペーパーフィルターで微粉を止める
関連:WDTでチャネリング対策 →
CASE 02🔥

舌に刺さる刺激・焦げた味・煙っぽい

診断:過抽出に寄りすぎ(温度・時間が長い)
狙い:“引っ張りすぎ”を止める
  • 湯温を下げてみる
  • 抽出時間を短くする(ターボ方向)
  • 比率を見直す(取り過ぎない)
関連:コーヒーの温度の科学 →
CASE 03🍋⚡

酸っぱいのに苦い・薄いのに渋い

診断:未抽出×過抽出の混在(不均一)
狙い:粒度・準備・流れの安定を優先
  • グラインダー清掃(微粉だまりを減らす)
  • 準備を丁寧に(水平・ほぐし)
  • 豆の鮮度/保存を見直す
関連:挽き目ミクロン目安 →

「苦いから粉を減らす」は、実は遠回りになりがちです。まずは流れの安定引っ張りすぎの停止を優先すると、改善が速いです。

結論:苦味を“飼い慣らす”と、エスプレッソは急に楽になります

持ち帰りの結論

苦味は排除すべき「失敗」ではなく、コントロールすべき「変数」です。
そして多くの不快感は、苦味そのものではなく、物理エラー由来の“渋み”のことが多いです。

明日はぜひ、ひとつだけ変えてみてください。挽き目、時間、温度、撹拌。どれか一つを変えると、原因の切り分けが一気に進みます。

参考文献・関連資料(例):

  • SCA系のコーヒー科学記事(Bitterness / Extraction など)
  • 抽出の速度論・温度依存性に関する論文(Extraction kinetics / temperature dependence)
  • ターボショットの解説・検証記事(抽出条件の比較)
  • 田口護『スペシャルティコーヒー大全』(深煎り抽出の考え方の参照用)
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