なぜコーヒーの味は変わる?精製方法の全知識|「発酵」の科学と最先端トレンドを徹底解説

この記事は、コーヒーの家庭向け実験ブログ「家淹れ珈琲研究所」(当ラボ)が、国内外の論文やスペシャルティコーヒー協会(SCA)の公開資料、国内ロースター各社の情報をもとに、コーヒーの精製方法を整理・解説したものです。

同じエチオピアの豆でも、ベリーのように甘い豆もあれば、レモンティーのように爽やかな豆もあります。この差の大きな要因のひとつが、収穫後の精製方法です。

精製(プロセス)とは、コーヒーチェリーから生豆を取り出し、乾燥させるまでの一連の工程のこと。どの層をどのくらい残し、どんな環境で発酵・乾燥させるかによって、酸味・甘さ・香りの出方が大きく変わります。この記事では、伝統的な「ナチュラル」「ウォッシュト」「ハニープロセス」「スマトラ式」と、近年話題の「嫌気性発酵」「炭酸ガス浸漬法」を整理し、豆の袋の Process 表記から味のイメージを掴めるようになることを目指します。

編集方針と検証手順
  • 対象資料:SCA/SCAJの公開資料、関連論文、国内ロースターの情報を一次情報として確認しています。
  • 検証方針:各精製手法の定義・工程を複数ソースで突き合わせ、用語や数字の整合性を確認しています。
  • 主観の扱い:テイスティングの感想や好みは「運営者VOICE」に分離し、本文は中立的な説明に徹しています。
この記事でわかること
  • ナチュラル・ウォッシュト・ハニー・スマトラ式など、代表的な精製ごとの工程と味の違い
  • 嫌気性発酵や炭酸ガス浸漬法(CM)といった新しい精製の仕組みと風味の傾向
  • 豆の袋に書かれている「Process」表記(Natural / Washed など)の読み解き方
  • シーン別に「どの精製を選ぶと失敗しにくいか」の具体的なイメージ
目次

コーヒー精製方法とは 味の設計図を理解する第一歩

コーヒーの風味を理解する旅は、まず私たちが飲んでいる「豆」が一体何なのかを知ることから始まります。コーヒー豆は、コーヒーノキになるコーヒーチェリーという、サクランボのような果実の種子です。

このコーヒーチェリーの構造を、シンプルな断面図と凡例で視覚的に理解しましょう。

コーヒーチェリーの構造図

本題である精製とは、「収穫したコーヒーチェリーから生豆を取り出すまでの一連の工程」を指します。風味に影響する果肉や粘液質などを適切に除去し、長期保存と輸送が可能な水分値およそ11%まで乾燥させます。

精製は単なる種子の取り出しではなく、風味を決定づける最初の味の設計段階です。どの層を残し、どの環境で乾燥させるかの違いが微生物の活動を左右し、最終的な風味を大きく変えます。

多くの専門家は、精製方法がコーヒーの風味に与える影響は、品種や産地と同等かそれ以上に大きいと考えています。

伝統的な四大精製方法をマスターする

ここからは、スペシャルティコーヒーの世界で基本となる四つの主要な精製方法について、工程 風味 生産者視点の利点と課題を整理します。優劣ではなく多様性を生む選択肢として理解してください。

伝統的な四大精製方法 比較一覧

スクロールできます
項目ナチュラルウォッシュトハニープロセススマトラ式
工程概要果実のまま天日乾燥果肉除去 → 発酵槽で粘液質分解 → 水洗 → 乾燥果肉除去後 粘液質を残したまま乾燥予備乾燥 → 脱穀 → 本乾燥
風味の特徴熟した果実 ワイン特有の発酵感赤ワインに例えられるクリーン 明るい酸味産地の個性が明確白ワインに例えられるナチュラルとウォッシュトの中間強い甘み 豊かな質感大地 ハーブ 独特の香味個性的でスパイシー
メリット水を使わず環境負荷が低い 設備がシンプル品質が安定しやすい 欠点豆が少ない両者の良いとこ取り 独特の甘みと質感多雨な気候に適応 唯一無二のフレーバー
デメリット品質が不安定 欠点豆のリスク 乾燥に時間がかかる大量の水が必要 設備投資コストが高い手間がかかる 乾燥中の管理が難しい欠点豆が多くなりがち 風味が好みを分ける

工程 風味 生産条件を横断比較 選択の指針として活用できる

ナチュラル 非水洗式 最も古く個性的な方法

ナチュラルは、収穫後に洗浄と選別を行い、果実を除去せずそのまま乾燥棚やパティオに広げて天日で2〜4週間乾燥させます。

ナチュラルプロセスの流れ

1 収穫
完熟したチェリーを収穫
2 選別
水槽で未熟豆などを除去
3 乾燥
果実のまま天日乾燥 2〜4週間
4 脱穀
乾燥した果実から生豆を取り出す
果肉を残した乾燥で糖と香味が移行 複雑で芳醇な甘みが生まれやすい

風味
乾燥中に果肉の糖や香味成分がゆっくりと種子に移行し、ベリーやトロピカルのニュアンス、赤ワインを思わせる複雑な甘みと発酵感が出やすくなります。

背景
水資源が限られる地域や大規模産地で広く採用される一方、天候依存で品質が不安定になりやすく、厳密な乾燥管理が必要です。

こんな人におすすめ・飲み方のヒント
フルーティーで個性的なコーヒーが好きな方、ワインのように香りの変化を楽しみたい方に向いています。浅煎り〜中煎りならやや低め(目安として90〜92℃)の湯温で抽出すると、重たくなりすぎず、果実感がきれいに出やすくなります。アイスコーヒーにしても風味がぼやけにくいので、果実感のあるアイスが好みの方にも相性が良い精製です。

ウォッシュト 水洗式 クリーンな風味と安定した品質

収穫後すぐにパルパーで外皮と果肉を除去し、ミューシレージを12〜48時間の発酵で分解後、水で洗い流して乾燥します。

ウォッシュトプロセスの流れ

1 果肉除去
収穫後すぐに果肉を除去
2 発酵
水槽で粘液質を分解 12〜48時間
3 水洗
分解された粘液質を洗い流す
4 乾燥
パーチメントの状態で乾燥
果肉由来の影響を抑えテロワールと酸の質を明瞭に表現

風味
雑味が少なく非常にクリーンで、繊細な酸やフローラルが前面に出やすいのが特徴です。

背景
安定品質が得やすい一方で大量の清浄な水と設備投資が必要となります。

こんな人におすすめ・飲み方のヒント
「まずは失敗なくおいしい一杯を飲みたい」「産地ごとの違いをはっきり感じてみたい」という方におすすめです。お湯の温度は92〜94℃前後を目安にし、挽き目と抽出時間を変えながら酸の明るさと甘さのバランスを探ると、自分好みの「ちょうどいいキレ」が見つかりやすくなります。

ハニープロセス 甘さを追求したハイブリッド

果肉を除去した後、発酵と水洗を省略し、粘液質を意図的に残したまま乾燥する方法です。乾燥中に粘液質が飴色化する見た目から名称が定着しました。

ハニープロセスの種類 粘液質の残存量

※ 横にスワイプすると、4種類すべてのハニープロセスを確認できます。

粘液質の残し方で甘みとクリーンさのバランスを段階的に設計できる

風味
果実感のある甘みや豊かなボディと、クリーンな後味の両立が狙えます。

こんな人におすすめ・飲み方のヒント
ブラックでもミルク入りでもおいしく飲みたい方、甘さのあるコーヒーが好きな方に向きます。中煎り前後であれば、少し高めの抽出温度(93〜95℃程度)でしっかり目に抽出すると、キャラメルやはちみつのような甘さととろっとした質感が出やすくなります。

運営者VOICE

同一農園のブラックハニーとホワイトハニーを飲み比べると、甘みの質が劇的に異なりました。ブラックは黒糖のような濃密さ、ホワイトは透明感のあるシロップの印象。精製設計の影響を体感できます。

スマトラ式 ウェットハル インドネシア独自の気候が生んだ風味

果肉と粘液質を除去した後、水分値30〜35%の生乾きで脱穀し、その後むき出しの状態で本乾燥を行う独特の方法です。

なぜ生乾きで脱穀するのか

多雨高湿の気候で乾燥時間を短縮し、カビリスクを抑えるための工夫です。

風味
大地やハーブ スパイスを想起させる力強く個性的な香味が生まれます。日本で人気のマンデリンは代表例です。

こんな人におすすめ・飲み方のヒント
深煎り好きの方や、カフェオレ・カフェラテでしっかりコーヒー感を出したい方に向いています。抽出レシピはやや粗挽き・短め抽出にすると、重さだけが前に出ることを避けつつ、ハーブやスパイスのニュアンスを楽しみやすくなります。

精製方法やインフューズド/アナエロビックの有無によって、同じ産地でも味の方向性は大きく変わります。こうした情報をパッケージからどう読み解くかは、こちらの記事で整理しています。

【家淹れ珈琲研究所の科学】味の違いはなぜ生まれる 発酵と微生物のサイエンス

コーヒーチェリーや設備には酵母や乳酸菌などが自然に存在し、粘液質中の糖やペクチンを代謝します。この発酵過程で生成される分子が風味の要です。

発酵による風味生成の仕組み

1. 何が発酵の材料になるか

  • コーヒーチェリーの粘液質に含まれる糖分・ペクチン
  • 果肉や設備、環境中にもともと存在する酵母・乳酸菌などの微生物

2. 発酵中に何が起きているか

  • 微生物が糖やペクチンを分解し、有機酸やエステルを生成する
  • タンク温度や時間、水の有無などの条件によって、生成する成分のバランスが変わる

3. カップでどう感じられるか

  • 乳酸などの有機酸:なめらかで丸い酸、ヨーグルトのような印象
  • エステル類:ベリーやトロピカルフルーツなどフルーティーな香り
「何が材料で」「どう変化して」「どんな味になるか」を3ステップで捉えると、発酵プロセスのイメージが掴みやすくなります。

近年の研究では、特定の酵母が特定の香り成分生成に関与するなど、機構の解明が進んでいます。精製とは微生物環境を意図的に設計し、狙った風味を創出する科学的プロセスと言えます。

家庭で飲み手として意識したいのは、「精製=どの微生物に、どんな条件で働いてもらったかの履歴」であるという点です。同じ産地・同じ焙煎度の豆でも、精製が変わると酸の質や甘さ、香りの方向性が大きく変わるのは、この発酵プロセスが違うからだと理解しておくと、味の違いを言葉にしやすくなります。

【海外トレンド】コーヒーの未来がここに 進化する実験的精製方法

ワイン醸造など他分野の知見を取り入れ、発酵を精密に制御しようとする新手法も増えています。いわゆる嫌気性発酵(アナエロビック)炭酸ガス浸漬法(カーボニックマセレーション)は価格帯がやや高めで「ご褒美枠」になりがちですが、基本的な考え方はナチュラルやウォッシュトと同じく「発酵の設計」です。この章では、両者の違いと、どんな味やシーンに向くかをコンパクトに整理します。

嫌気性発酵と炭酸ガス浸漬法の違い

嫌気性発酵 アナエロビック
発酵でCO₂が自然発生
酸素を遮断
  • 密閉タンクで酸素を遮断する手法の総称
  • 微生物による発酵が主導
  • シナモン由来の印象や濃厚な質感が出やすい
炭酸ガス浸漬法 CM
CO₂を外部から注入
CO₂を注入
  • 嫌気性発酵のより特殊な一形態
  • 二酸化炭素を人為的に注入して酸素を除去
  • ワインのマセラシオン・カルボニックが着想元
  • チェリー内部の酵素発酵が主導
  • 赤ワイン的で鮮烈かつクリーンな果実味
両者は酸素管理とCO₂供給方法が決定的に異なる 風味の出方にも違いが出る

嫌気性発酵 アナエロビック 新時代の風味基準

酸素のない環境で乳酸菌などが優位に働き、乳酸などの生成により、従来手法では得られなかったスパイシーで熟成感のある複雑な風味が現れやすくなります。

炭酸ガス浸漬法 CM ワイン醸造から着想を得た技法

密閉タンクにCO₂を注入して酸素を完全に排除し、細胞内発酵を促進。酢酸の過剰生成を抑えつつ、鮮烈でクリーンな果実味と滑らかな質感を引き出します。

「複雑な酸味を得たいなら低温 4–8℃ で、より強い甘みを得たいなら高温 18–20℃ で発酵させるべきだ」

– サシャ・シェスティック Saša Šestić の理論より

CO₂注入の目的は糖分解とpH低下の進行を穏やかにし、ネガティブな酸の生成を抑えながら安全に発酵時間を延長することにあります。

実践編 – 精製方法で選ぶ あなたのためのコーヒー豆ガイド

学んだ知識を日常のコーヒー選びに直結させるため、各手法の風味傾向を二軸で俯瞰します。

ここから先は、専門的な用語よりも「自分の好み」を優先して読んでみてください。まずは「酸の明るさ」と「ボディ・甘さ」のどちらを重視したいかを決め、そのうえで表やシーン別おすすめから気になる精製を一つ選ぶ、という読み方がおすすめです。

精製方法別 フレーバーマトリクス

スクロールできます
 酸味:穏やか寄り酸味:明るい寄り
ボディ:しっかりナチュラル
熟した果実感と厚みのある甘さ。赤ワイン的で複雑。

嫌気性発酵
スパイス感や熟成感が出やすく、「個性的な一杯」になりやすい。
炭酸ガス浸漬法(CM)
ワインを思わせる明るく立体的な果実味。クリーンさも両立しやすい。
ボディ:中間〜やや軽めハニープロセス
しっかりした甘みと、ほどよく丸い酸のバランス型。ブラックでもミルクでも合わせやすい。
ウォッシュト
クリーンでキレのある酸。柑橘やフローラルのニュアンスが前に出やすい。
ボディ:独特・ワイルドスマトラ式
大地・ハーブ・スパイスのようなニュアンス。好みは分かれるが、唯一無二のキャラクター。

「自分は甘みとボディ重視か」「酸の明るさ重視か」を決めてから、このマトリクス上で精製を選ぶと、迷いにくくなります。

シーン別おすすめ精製方法

  • 朝にスッキリ目覚めたいとき
    迷ったらまずウォッシュト。クリーンで軽快な酸があり、後味もすっきりしています。
  • 午後にゆったりリラックスしたいとき
    甘さと飲みごたえのバランスが良いハニープロセスがおすすめ。キャラメルやミルクチョコのような余韻で、スイーツとも合わせやすいです。
  • 休日にじっくり風味を探求したいとき
    表情豊かで変化も大きいナチュラルがぴったり。温度帯を変えながら、赤ワインのような複雑さをゆっくり楽しめます。
  • 「今までにない一杯」を体験したいとき
    嫌気性発酵炭酸ガス浸漬法(CM)などの実験的プロセスを「ご褒美枠」で一袋。好みは分かれますが、コーヒー観がアップデートされる体験になりやすいです。
運営者VOICE

初めてアナエロビックを飲んだ時、シナモン様の強いアロマに驚きました。好みは分かれますが、唯一無二の体験です。

購入時のチェックポイント

  • まずは「Process(精製)」表記を探す
    Natural / Washed / Honey / Anaerobic / CM / Wet Hulled などの記載があれば、この記事の内容と照らし合わせておおよその味の方向性をイメージできます。
  • 自分の好みを一言で決めておく
    「明るい酸が好き」「甘くてまろやかな方が好き」など、ざっくり決めてから精製を選ぶとハズレが減ります。
  • 初めての精製は、信頼できるロースターから
    説明文に風味イメージが具体的に書かれているロースター(オンラインショップ)を選ぶと、精製ごとの違いを比較しやすくなります。

国内では、堀口珈琲、Scrop、PostCoffee、猿田彦珈琲 など、多くのロースターが精製方法を明記したシングルオリジンを販売しています。気に入った一杯が見つかったら、「産地 × 品種 × 精製」をメモしておくと、次の豆選びが一気に楽になります。いろいろな精製を定期的に試したい場合は、コーヒーサブスクの選び方ガイドのチェック項目も参考にしてみてください。

まとめ – 精製方法を知ればコーヒーはもっと面白い

本記事では、コーヒーの風味を決定づける精製方法を科学的視点で俯瞰しました。要点を再掲します。

この記事を読んだあとのチェックリスト

  • 新しく豆を買うときは、パッケージのProcess(精製)表記を必ず確認する。
  • 気に入った一杯があったら、産地 × 品種 × 精製を書き留めておき、次の豆選びの基準にする。
  • まだ飲んだことのない精製を一つ決めて、小容量から試してみる。
この3つを意識するだけで、「なんとなく選ぶ」から「狙って好みに近づける」選び方に変わります。

次の一杯をアップデートするための関連記事

参考文献

  • Specialty Coffee Association SCA 各種公開資料 アクセス日 2025-10-28
  • 日本スペシャルティコーヒー協会 SCAJ 各種公開資料 アクセス日 2025-10-28
  • Pereira, G. V. M., et al. 2019 Impact of fermentation on the volatile compounds and sensory properties of coffee Foods アクセス日 2025-10-28
  • Zhang, S., et al. 2021 Volatile Organic Compounds and Key Odorants in Coffee Beans with Different Fermentation Processes Scientific Reports アクセス日 2025-10-28
  • Project Origin Carbonic Macerationに関する資料とSaša Šestićの解説 アクセス日 2025-10-28
  • 国内主要スペシャルティコーヒーロースター各社 公式情報 アクセス日 2025-10-28
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