- 「苦味」と「渋み」を、感覚(味覚/触覚)で切り分けるコツ
- 深煎りで“苦さが暴れる”理由(焙煎での成分変化のざっくり地図)
- 家庭用マシンで渋みを増やしやすい「圧・時間」の落とし穴と回避策
- 濃いドリップ派が「ガツン」を残しつつ雑味を減らす温度と注ぎの考え方
せっかく思い切ってエスプレッソマシンを買ったのに、自宅で淹れた一杯が「カフェの味」にならない。そんな経験はありませんか?
もしカップに落ちてきたのが、喉に張り付くようなイガイガ感や、舌を刺すような焦げた刺激だったとしても、必要以上に自分を責めなくて大丈夫です。
当ラボの結論はシンプルで、原因の多くは 「苦味(Bitterness)」と「渋み(Astringency)」の混同にあります。ここを分けて理解できると、調整すべき変数が一気に絞れます。
- 感覚:舌の味蕾で感じる「味覚」
- 例え:ダークチョコ、ゴーヤ、IPA
- 特徴:立体感や輪郭を作る“攻めの成分”になり得る
- 判定:「濃いけど、飲み込める」
- 感覚:口内粘膜で感じる「触覚」
- 例え:渋柿、赤ワインのタンニン
- 特徴:キシキシする乾燥感(唾液の潤滑が失われる)
- 判定:「水を飲みたくなる」
※「苦い」と感じている正体が、実は渋み(過抽出・チャネリングのサイン)であるケースはとても多いです。
苦味の科学的解剖(なぜ深煎りは苦いのか)
コーヒーの苦味は単一の成分ではなく、焙煎の進行で「形を変えた」複数の成分の総和として立ち上がります。ここを“ざっくり地図”として押さえると、狙う味のポイントが見えます。
1. クロロゲン酸ラクトン(丸い苦味)
焙煎初期〜中期でクロロゲン酸が変化すると、クロロゲン酸ラクトン(CGLs)が増えやすくなります。これは「丸みのある苦味」として働き、適度な刺激とボディ感に寄与します。
2. フェニルインダン(鋭い苦味になりやすい側)
焙煎がさらに進むと、ラクトンは分解され、フェニルインダンが増えやすい領域に入ります。深煎りで抽出を外すと、ここが“刺さる苦さ”として前に出やすくなります。
要するに、狙いは 「丸い苦味は引き出しつつ、刺さる側が暴れないように“物理で守る”」 です。
エスプレッソの「9気圧神話」を疑え
「エスプレッソは9気圧が正解」という言い回しは便利ですが、家庭用マシンの現実(粉・バスケット・流れの安定性)を考えると、圧に固執するほど渋みが出やすい状況があります。
高圧が引き起こす「チャネリング」の悲劇
圧が強いほど粉は押し固まり、弱い部分に水が集中しやすくなります。これがチャネリング(偏流)です。
一部は過抽出、別の部分は未抽出という“同時多発事故”になるので、味は「酸っぱいのに焦げ臭い」みたいに混乱しやすくなります。
救世主「ターボショット」の実践レシピ
マシン改造なしで圧の暴れを抑える一番シンプルな手は、挽き目を粗くして流れを作ることです。
近年注目されるターボショットは、「細挽き・30秒固定」から一度離れて、粗め+短時間でチャネリングを抑え、甘さと香りを出しやすくする考え方です。
バスケットに余裕を残すと流れが安定しやすいです。
目安は「塩〜グラニュー糖の間」くらい。
粉18gなら、液体45g〜54gが目標。
30秒固定を一度外して、まず“渋みが消える側”へ寄せます。
ボディは軽くなりやすい一方で、刺さる渋みが減って、甘さ・香りが前に出やすいです。「飲みやすい濃度帯」に寄せる作戦として相性がいいです。
機種別:今日からできる実践テクニック
- De’Longhi Dedica(EC680/EC885)
できれば抽出の状態が観察しやすいボトムレス(または状態が見える構成)に寄せると、チャネリング原因の切り分けが速くなります。挽き目は少し大胆に粗くし、タンピングは「水平を作る」目的に寄せると再現しやすいです。 - Breville Barista Express
低圧のプレインフュージョン(蒸らし)を長めに使うと、最初の崩れが起きにくい場合があります。まずは“流れを安定させる”方向で試してみてください。
1枚の紙が世界を変える:ペーパーフィルター・サンドイッチ法
「ターボはまだ怖い」「現状の挽き目のまま、雑味だけ減らしたい」なら、ペーパーフィルターで微粉の悪さを抑える方法が候補になります。
バスケット底(または上下)にフィルターを敷くと、微粉が穴を塞ぎにくくなり、偏流や過抽出が出にくい方向に働くことがあります。
濃いドリップ派のための「83℃の考え方」
濃い=苦い、になりやすいときは、粉量や時間をいじる前に温度が効くことがあります。
なぜ「83℃」が効くことがあるのか
温度が高いほど溶けやすい成分が増えるので、深煎りでは「前半の美味しい成分」だけでなく「後半に出やすい重たい成分」まで引っ張りやすくなります。
そこで一つの作戦として、湯温を下げて“引っ張りすぎ”を抑え、抽出の後半を早めに切り上げると、渋みが減る方向に働く場合があります。
以上
過抽出に寄りやすい帯
香りは立ちますが、刺さる苦さ・渋みが出やすい条件にも入りやすいです。
前後
★ バランスを取りやすい帯
“後半の重たい成分”を引っ張りすぎない目的で効くことがあります。
以下
未抽出に寄りやすい帯
スッキリはしますが、濃厚さ(満足度)が落ちやすいです。
「ケチらない」ことが濃厚さへの近道
湯温を下げると薄く感じやすいので、戦略はこうです。
粉を少し増やして、“美味しいところだけ”を短めに取る。
時間で絞り取るほど後半は渋みが出やすいので、粉量を1.2〜1.5倍にして、抽出は早めに切り上げる方が、結果の満足度が高いことが多いです。
静かに淹れる勇気:点滴抽出と「低撹拌」
深煎りでの事故率を下げる物理として、撹拌(Agitation)を抑えるのはかなり重要です。
高い位置から勢いよく注ぐと粉が動き、微粉がフィルターに詰まり、抽出が伸びて渋みが出やすくなります。家庭では「低い位置から、細く、静かに」を意識すると安定します。
トラブルシューティング・マトリクス(味の診断)
症状から原因と対策を引けるように、当ラボの“現場向け”診断をまとめました。次回はパラメータを1つだけ変えるのがコツです。
口が乾く・喉がイガイガ・舌がザラつく
狙い:流れを均一にして“事故”を減らす
- 挽き目を少し粗くする
- WDT等で粉をほぐす
- ペーパーフィルターで微粉を止める
舌に刺さる刺激・焦げた味・煙っぽい
狙い:“引っ張りすぎ”を止める
- 湯温を下げてみる
- 抽出時間を短くする(ターボ方向)
- 比率を見直す(取り過ぎない)
酸っぱいのに苦い・薄いのに渋い
狙い:粒度・準備・流れの安定を優先
- グラインダー清掃(微粉だまりを減らす)
- 準備を丁寧に(水平・ほぐし)
- 豆の鮮度/保存を見直す
「苦いから粉を減らす」は、実は遠回りになりがちです。まずは流れの安定と引っ張りすぎの停止を優先すると、改善が速いです。
結論:苦味を“飼い慣らす”と、エスプレッソは急に楽になります
苦味は排除すべき「失敗」ではなく、コントロールすべき「変数」です。
そして多くの不快感は、苦味そのものではなく、物理エラー由来の“渋み”のことが多いです。
明日はぜひ、ひとつだけ変えてみてください。挽き目、時間、温度、撹拌。どれか一つを変えると、原因の切り分けが一気に進みます。
参考文献・関連資料(例):
- SCA系のコーヒー科学記事(Bitterness / Extraction など)
- 抽出の速度論・温度依存性に関する論文(Extraction kinetics / temperature dependence)
- ターボショットの解説・検証記事(抽出条件の比較)
- 田口護『スペシャルティコーヒー大全』(深煎り抽出の考え方の参照用)


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