身近な「失敗」の背後にある物理化学
ペペットボトルの炭酸飲料を不意に振ってしまい、キャップを開けた途端に「プシャーッ!」と噴き出す。
これは誰もが一度は体験したことのある現象です。単なる「泡の出すぎ」ではなく、そこには溶解度・圧力・核生成・気液平衡といった物理化学の原理が隠れています。
本記事では、この現象を熱力学(thermodynamics)と流体力学(fluid dynamics)の観点から掘り下げて解説します。
振ることで「気泡核」が急増し、過飽和状態の二酸化炭素が急速に放出される
簡潔に言うなら——
振ることで「気泡核」が急増し、開栓で圧力が急低下。その瞬間に過飽和になったCO₂が一気に泡へ移動して体積が増え、液体を押し上げて噴き出す。
炭酸飲料の中で何が起こっているのか
炭酸飲料は「過飽和溶液」である

炭酸飲料の中の二酸化炭素(CO₂)は、製造過程で2〜4気圧程度の高圧をかけて水に溶け込ませています。 このときの溶解度はヘンリーの法則(Henry’s law)に従います。
ヘンリーの法則:
溶解度 S = k_H × P (S = 溶解度、k_H = ヘンリー定数、P = 気体圧力)
つまり圧力が高いほどCO₂は多く溶ける。キャップを開けると圧力が大気圧まで下がり、液体中のCO₂は過飽和(supersaturated)状態になります。

泡は「核生成」によって始まる
気体が溶液から出るためには、「核生成(nucleation)」というプロセスが必要です。
- 均一核生成(homogeneous nucleation):液体分子の熱運動によって偶然に気泡が生じる
- 不均一核生成(heterogeneous nucleation):壁面の傷・不純物・既存微小気泡が“足場”になる(実際はこちらが支配的)
実際の炭酸飲料では後者が支配的です。 特にペットボトルを振ると、液体全体に微小な気泡や乱流が生じ、気泡核の数が飛躍的に増加します。
小さい泡が有利な理由(ラプラス圧)
ΔP = 2γ / r(γ:表面張力,r:気泡半径)
半径が小さいほど内部圧が高く、成長に必要な過飽和度が低い → 核が多いほど連鎖的に増殖。
圧力低下と泡の急成長
キャップを開ける瞬間、液体の上部の圧力は大気圧(約1気圧)に戻ります。 すると次のような現象が連鎖的に起こります:
- 過飽和のCO₂が一気に気化
- 気泡核を中心に急速に成長
- 成長した泡が浮上し、さらに核を生む(自己触媒的効果)
- 液体全体を押し上げ、吹き出す
- 流体力学的には、これは泡駆動乱流(bubble-driven turbulence)に相当し、液体の体積膨張を伴います。
現象を定量的に確かめる
実験1:温度依存性
同じ飲料を冷蔵(4℃)と室温(25℃)で同じ回数だけ振って開封すると、室温の方が吹き出しやすい。
これはヘンリー定数が温度に依存し、低温ほどガスが溶けやすいからです。
実験2:泡核の有無
清浄なガラスに注いだ炭酸水は泡立ちにくい一方、傷のあるコップや汚れのある容器では泡が大量に出る。
→ 不均一核生成が主因であることの実証。
研究室での「炭酸トラブル」
大学の実験でサンプルを強く振ってしまい、開けた瞬間に高価な測定器へ噴出。
「気泡核の効果がどれほど強力か」を身をもって知った出来事でした。
炭酸飲料以外の応用現象
ビールやシャンパン
- シャンパンの泡は「グラスの傷」から出ることが多い
- 泡立ちをコントロールするため、醸造学では核生成の制御が品質に直結。

メントスコーラ現象
今やYoutuberの代名詞であるメントスコーラ。
炭酸飲料にメントスを入れると激しく吹き出す現象。
これはメントスの表面にある多数の小さな穴が「気泡核」となり、大量のCO₂を瞬時に放出させるためです。
工業的応用
- 発泡コンクリート(内部に気泡を作る)
- 炭酸浴(温泉の一種)
- 泡沫消火(消防技術)
いずれも「気泡核」「ガス溶解度」の制御が鍵になっています。
よくある誤解Q&A
- Q:振ると圧力が上がるから?
A:主因は核の増加。 開栓で圧が下がる瞬間、過飽和CO₂が核で一斉に泡化するのが決定打。 - Q:フタを強く押さえて一気開けでOK?
A:危険。 必ず段階的ガス抜き。顔を近づけず、タオルで覆うと安全。 - Q:時間を置けば自然に落ち着く?
A:部分的に◯だが核は残る。冷やす→小刻みガス抜きをセットで。
まとめ:炭酸の吹き出しを科学的に理解する
- 炭酸飲料は高圧下でCO₂を溶かした過飽和溶液
- 振ると「気泡核」が大量に生じる
- 開栓の圧力低下で急激な泡成長と乱流が発生
- 温度、容器の状態、不純物の有無で挙動が大きく変わる
- 同じ原理はビール、シャンパン、メントスコーラ現象、工業分野にも応用されている
次に炭酸飲料を手に取ったとき、「これはヘンリーの法則と核生成の結果だ」と思い出すと、日常の何気ない現象が一気に研究テーマのように見えてくるはずです。
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